兵庫ジャーナル「巨大災害と災害関連死 どう備える?」

巨大災害と災害関連死 どう備える?

巨大災害に備えるとはどういうことなのか.中小規模の災害に備えることと比較して,一体何がどう違うのか.防災に関心が高い読者の皆様の中には,このような疑問を持ったことのある方もおられるのではないだろうか.冒頭で,この問いについて考えてみたい.

地震を例に考える.まずは,大きな揺れから身を守ることへの備えはどうか.揺れに伴い発生する,家屋倒壊,家具・家電の転倒,ブロック塀の倒壊や急傾斜地の崩壊などにどのように備えるべきなのかは,一人ひとりに想定される揺れの大きさによって決めれば良い.数千人の被災者が出る地震なのか,数十万人の被災者が出る地震なのかは問題にはならない.つまり,巨大災害だからといって何か特別な備えが必要になるわけではない.

次に,厳しい避難生活から身を守ることへの備えはどうか.電気,ガス,水道などの停止,スーパーマーケットやコンビニエンスストアなどの営業停止,介護サービスや医療サービスの停止などにどのように備えるべきなのかは,想定する災害の規模によって大きく異なる.数千人の被災者が出る地震よりも,数十万人の被災者が出る地震の方が,社会機能を回復させるまでにはるかに多くの時間を要するからである.なお,これは自宅を失い避難所生活を余儀なくされる場合でも,自宅で避難生活を余儀なくされる場合でも変わらない.この問題に関する最悪の結末が災害関連死である.つまり,巨大災害に備えるとは,長期化する厳しい避難生活にどう備えるかであり,いかに災害関連死から命を守るかである,と言っても過言ではない.

さて,南海トラフ巨大地震に目を向けたい.これは言うまでもなく,現在,私たちが備えるべき最大規模の巨大災害である.政府の被害想定によると,死者数は最大で32万3千人とされている.ここに災害関連死は含まれていない.定性的な評価にとどまっているためだ.これでは同災害における災害関連死の社会的インパクトを把握することは難しい.

そこで過去の災害における災害関連死のデータに基づいて,南海トラフ巨大地震の災害関連死の数を試算した.データの蓄積が少なく,精度に課題がある点にご留意いただきたい.南海トラフ巨大地震が発生した場合の被災地の生活環境が,東日本大震災と同程度に厳しくなると仮定すると,その数は7万6千人と試算された.原発事故に伴い関連死が突出して多かった福島県の影響を除いて試算しても,その数は3万5千人となった.

さらに付け加えておかなければならない.南海トラフ巨大地震の最大避難者数は在宅避難者を含めて950万人と想定されている.これは東日本大震災の最大避難者数(47万人)の20倍である.被災者を取り巻く生活環境は確実に東日本大震災よりも厳しくなる.これは,災害関連死に伴う死者数は上述の試算結果よりも多くなる可能性が高い,ということを意味している.すなわち,災害関連死による死者は,津波による死者に次いで多くなる可能性がある.

最後に,巨大災害への備えとして,災害関連死にどう備えれば良いかについて述べる.災害関連死は避難所よりも自宅や介護施設で多く発生している.巨大災害が発生しても,これらの生活環境への影響をできるだけ小さくすることが重要である.それが困難な場合には,被災地外へ避難することも重要な選択肢になるだろう.

さらに,長期的には,私たち一人ひとりが消費者として,さまざまな民間企業が生み出す防災価値に関心を持つことが重要である.自宅や高齢者施設はライフラインの途絶に弱いが,電気自動車やハイブリッド車の中には,災害時に非常用電源として利用できるものが増えてきた.自動車が有する防災機能を私たち消費者が高く評価することで,メーカーによる開発は加速する.これは,携帯電話や家電製品などあらゆる商品やサービスにも当てはまることである.私たち消費者が企業を変え,企業が私たちの暮らし変える,これが巨大災害に備えるということだと考える.

(週刊「兵庫ジャーナル」 令和5年8月21日掲載)

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