2019年内モンゴル・遼寧調査

慶州白塔
(内蒙古自治区白塔子)
契丹皇帝哀冊(契丹文字)
遼寧省博物館所蔵
金界壕(内モンゴル)

 2019年8月24日から9月4日まで、内モンゴルと遼寧で契丹・女真関係の文物、遺跡、史料調査を行いました。26日北京で車をチャーターし、内モンゴルシリンホト盟ドロン(多倫)へ。6代皇帝聖宗の貴妃・蕭氏とその一族墓の調査。27日、大元ウルスの上都と金元時代の四郎城遺跡を調査。この二日は快晴。28日、雨。元の応昌路故城(内モンゴル赤嶺市ヘシグテン旗)へ。ここは大元ウルスのカーンの避暑行宮で、中国の支配から撤退したトゴン・テムル(順帝)がこの地で崩御している。またいくつかの金界壕を調査。29日、白塔子へ。ここは慶州があった場所。契丹の聖宗・興宗・道宗三人の墓陵である慶陵の奉陵邑で、今は白塔がのこる。この日、慶陵へ。途中で四駆に乗り換え、東陵の前殿遺址へ。ここから中陵の墓室入口まで山林の中を徒歩で移動。時間の関係で西陵へは行けず。30日、契丹・金代の城郭都市遺跡(努和図白其城)を調査した後、契丹の祭祀がおこなわれた黒山祭祀遺址へ。耶律阿保機を葬った祖陵のような地形である。午後は、太宗の墓陵である懐陵とその奉陵邑の懐州城遺址を調査。31日、林東へ移動し、遼の上京の発掘現場を見学させてもらう。夕食は、上京発掘チームのベースキャンプで、屠ったばかりの羊一匹の料理をいただく。9月1日、午前は翁牛特博物館で資料調査。午後は赤嶺市博物館で資料調査。唐代羈縻州関係の論文を入手する。2日、内モンゴルの赤嶺から遼寧省の遼陽へ。契丹国の東京があった場所だが、当時の遺物はのこっていない。今の東京城は、後金国のヌルハチが最初に都を置いた場所として有名かな。3日、遼陽から瀋陽へ移動し、遼寧省博物館で資料調査。慶陵から出土した契丹文字と漢文の哀冊も展示されている。4日、瀋陽から帰国。