過去の災害との比較から,今,見逃してはならない小さな兆し
2026年7月28日(火)に熊本県で発生した最大震度7の地震を受け,発災当日夜に,真夏の避難生活で災害関連死を防ぐために参考にしていただきたい情報をまとめた特設ページを公開しました.初報では,①厳しい暑さから退避すること,②被災された方々の生活拠点が多様であることを踏まえること,③体調や生活上の小さな異変を見逃さないこと,④片づけや復旧作業に伴う負担を軽減することの重要性をお伝えしました[1].
発災から6日目となり,今回の災害の規模感や,被災地で続いている生活上の困難が少しずつ見えてきました.この段階で大切なのは,過去の災害と比較しながら,過去を上回る災害関連死につながり得る小さな兆しを見逃さないことです.早い段階で対処できれば事態の劇的悪化(相転移)を回避できるはずです.
発災6日目の今,特に注意していただきたいこと
1.約1万人という最大避難者数から,今回の災害規模を捉える
今回の地震では,発災3日目にあたる7月30日(木)7時30分時点で,避難者数が最大の1万467人に達しました.その後も大きく減少せず,発災6日目の現在も,約9,000人が避難所での生活を続けています.
最大避難者数は,今回の災害の規模を過去の災害と比較するための一つの指標になります.ただし,公表されている避難者数だけで,生活上の困難の全体を捉えることはできません.この数字には,自宅や車内,高齢者施設,親族・知人宅などで生活している方々は含まれていません.また,避難所を退所したからといって,生活環境が改善したとは限りません.
避難者数の増減だけでなく,一人ひとりがどこで,どのような環境で生活しているのかを把握することが重要です[1][2].
2.過去を上回る関連死につながり得る小さな兆しを見逃さないこと
災害関連死の実態がまだ明らかでない段階では,最大避難者数が近い過去の災害との比較が,今後の状況を見通す手がかりになります[3][4].
今回と最大避難者数が近い災害に,2007年7月の新潟県中越沖地震があります.同地震では,最大避難者数が約1万2,700人,災害関連死は4人でした.この事例からみれば,今回についても,数人から10人程度が一つの目安になります.
しかし,過去には,最大避難者数から見込まれる規模を大きく上回る災害関連死が発生した事例もあります[3][4].重要なのは,死者数を言い当てることではなく,事態の悪化につながり得る小さな兆しを早期に捉え,災害関連死が劇的に増加する事態を回避することです.
同時に,数人から10人程度であればやむを得ないと考えるべきでもありません.劇的な増加を防ぐだけでなく,一人ひとりの災害関連死を可能な限り回避することが目標です.
3.最大避難者数から見込まれる規模を大きく上回った2018年西日本豪雨
最大避難者数から見込まれる規模を大きく上回る災害関連死が発生した事例の一つが,2018年の西日本豪雨です.同災害では,最大避難者数が約4万人であった一方,災害関連死は83人に達しました[4].
発災後は厳しい暑さが続き,その中で避難生活や住宅の片づけが行われました.特に水害では,泥や水を含んだ家財の搬出など,地震災害とは異なる大きな作業負担が生じます.83人の災害関連死が,暑さや片づけ作業だけによって生じたと断定することはできませんが,厳しい暑さの中で大きな負担が重なり,多数の災害関連死が発生した事例として,今回の熊本を考えるうえで重要です.
4.今回の熊本は,西日本豪雨と比べても厳しい暑さ
発災から約7日間の日最高気温を比較すると,新潟県中越沖地震では20℃台後半,西日本豪雨では30℃台前半でした.
今回の熊本では,発災翌日の7月29日から35℃以上の猛暑日が続いています.最大避難者数が近い新潟県中越沖地震よりも明らかに暑く,西日本豪雨時をも上回る厳しい暑さの中で,避難生活や片づけ・復旧作業が続いています.
西日本豪雨と今回の熊本では,最大避難者数も災害の種類も異なるため,災害関連死者数を直接比較することはできません.ここで注目すべきなのは,西日本豪雨において,最大避難者数から見込まれる規模では説明できないほどの災害関連死が,厳しい暑さの中で発生したことです.
今回の熊本では,その西日本豪雨時を上回る厳しい暑さが続いています.暑さの影響がより強く表れ,最大避難者数から見込まれる規模を超えて災害関連死が増加する可能性に警戒し,身体や生活への負担が重なり始めていないかを早期に捉えることが重要です.
5.一点突破では防げない――全方位から警戒する
災害関連死に至る経路は,非常に多様です.暑さ,断水,食事や薬の不足,睡眠不足,車中泊,医療・介護サービスの中断などが複雑に重なり,体調悪化や死亡につながります.
そのため,特定の原因や一つの対策に絞った「一点突破」で,災害関連死全体を防ぐことはできません.さまざまな生活場所と発生経路を視野に入れ,全方位から警戒するほかありません.
一方,確認すべきことが多すぎるため,個人や一つの組織だけですべてに目を配ることも困難です.医療,保健,福祉,介護,消防,救急,行政,地域,家族,企業,ボランティアなどが,それぞれの立場から見える変化を拾い,持ち寄る必要があります[5][6].
一つひとつは個別の問題に見えても,同じような変化が各地で起きていれば,被災地全体の状況が悪化し始めている小さな兆しかもしれません.

6.「関連死の疑い」を県全体で把握し,小さな兆しを共有する
災害関連死として正式に公表されるまでには,市町村による認定プロセスを経る必要があり,数か月を要します.正式な認定を待っていては,災害関連死の増加につながり得る小さな兆しを早期に捉え,事態の悪化を防ぐことはできません.
一方,「関連死の疑い」の段階にある情報は不確かであり,扱いには難しさがあります.死亡した場所や年齢,避難状況などを市町村ごとに詳しく示すと,事例数の少ない地域では個人が推測される可能性があります.能登半島地震でも,こうした事情から市町が情報共有に慎重となり,県全体の発生状況を早期に把握することが難しくなりました[3].
そこで,関連死の疑い事例については,市町村ごとに発表するのではなく,県が集約し,県全体の情報として扱うことも一案です.市町村は個別事例の把握と必要な対応を担い,対外的な公表や関係者への共有は県単位で行うことで,遺族の意向や個人情報に配慮しながら,被災地全体で何が起き始めているのかを示しやすくなります.
確定情報と疑い段階の情報を区別したうえで県レベルで集約し,共通する生活上の負担や体調悪化の経過がないかを確認する必要があります.ただし,疑い段階の情報は,県に集めるだけでは不十分です.そこで見えた兆しを,行政や専門職,地域,企業,ボランティア,メディアなど,全方位的に活動する関係者へ水平展開し,それぞれの立場から対応を強化する必要があります.
疑いレベルの情報を大切にするのは,災害関連死者数を早く確定するためではありません.被災地で何が起き始めているのかを早期に捉え,災害対応の重点を見直し,災害関連死が劇的に増加する事態を回避するとともに,次の一人の犠牲を防ぐためです.
参考にしていただきたい奥村ゼミの記事・資料
発災直後に注意していただきたいことを改めて確認する
[1]【緊急】熊本の地震を受けて――真夏の避難生活で災害関連死を防ぐために
発災当日の夜に公開した特設ページです.厳しい暑さから退避すること,避難所だけでなく,自宅,車内,親族・知人宅などで生活している方にも目を向けること,食事,水分,服薬,睡眠などの小さな変化を確認すること,片づけや復旧作業の負担を軽減することをお伝えしています.
発災から6日目となった現在も,基本となる注意点は変わりません.今回の続報とあわせて,改めて確認していただきたいページです.
避難所だけではない――多様な生活拠点で関連死を防ぐ
[2]熊本地震10年 災害関連死と問われる日常
2016年熊本地震では,多くの方が指定避難所だけでなく,自家用車や自宅など,さまざまな場所で避難生活を送りました.重要なのは,生活している場所ではなく,そこで大きな負担が生じていないか,必要な物資や医療・福祉の支援が届いているか,周囲の目が届いているかということです.また,災害関連死は,高齢者や持病のある方だけに起こるものではありません.避難者数として把握されない方々を含め,どこで,どのような生活をしているのかを捉える必要性を考える記事です.
最大避難者数から,関連死の発生規模を早期に捉える
[3]「本気の事前防災,本気の災害対応で災害関連死問題に挑む」
災害関連死の実態が明らかになる前から,最大避難者数を手がかりとして,その発生規模を早期に見通す考え方を紹介しています.一方,停電や断水,医療・介護サービスの中断,支援の届きにくさなど,過去とは異なる厳しい条件が重なれば,最大避難者数から見込まれる規模を大きく上回る災害関連死が発生する可能性があります.
また,正式認定前の「関連死の疑い」に関する不確かで断片的な情報を読み解き,被災地で起き始めている小さな兆しを早期に捉えることの重要性も論じています.今回の熊本で,過去の災害との比較から何に警戒すべきかを考え,関連死の疑いを県全体で把握・共有する必要性を考えるうえで参考となる記事です.
最大避難者数と,過去の傾向を上回る災害関連死を考える
[4]南海トラフ巨大地震に伴う災害関連死
最大避難者数と災害関連死者数との関係や,西日本豪雨など,最大避難者数から見込まれる規模を大きく上回る災害関連死が発生した事例を整理した資料です.今回の熊本の災害規模を捉えるとともに,厳しい暑さなど,過去を上回る関連死につながり得る条件を考えるうえで参考となります.なお,新潟県中越沖地震,西日本豪雨,今回の熊本における発災後の気温の比較は,この資料に掲載された分析ではなく,今回の続報作成にあたって新たに整理したものです.
PDF資料はこちら
多様な人の関わりによって,小さな変化を捉える
[5]「災害関連死を防ぐために――『多様な関与』が生み出す新しい防災のかたち」
災害関連死を防ぐためには,行政,医療,保健,福祉の専門職だけでなく,家族,近隣住民,地域団体,企業,ボランティアなど,さまざまな人が無理のない形で関わることが重要です.災害関連死に至る経路は多様であり,一人や一つの組織だけですべてに目を配ることはできません.異なる立場の人が,それぞれに見える小さな変化を拾い,持ち寄ることの大切さを考える記事です.
一点突破では防げない――災害関連死の多様な発生経路を知る
[6]「災害関連死を数値で捉えられる時代に――発災後の災害対応から,発災前の仕組みづくりまで」
災害関連死は,暑さ,断水,食事や薬の不足,睡眠不足,車中泊,医療・介護サービスの中断など,さまざまな問題が複雑に重なって発生します.災害関連死に至る多様な経路を整理し,特定の原因や一つの対策に絞った「一点突破」では,災害関連死全体を防げないことを示した資料です.本ページに掲載した「災害関連死の発生プロセス」の図も,この資料に掲載しています.