産経新聞コラム「『どう変わるか』ではなく『どう変えるか』」

R02.06.15:産経新聞「『どう変わるか』ではなく『どう変えるか』」夕刊3面,関大社会安全学部リレーコラム


「どう変わるか」ではなく「どう変えるか」

未曾有の災害を経験する度に、国民一人ひとりの中で「悲劇を繰り返さない」という思いが高まり、その力が社会を変化させてきました。今、私たちが直面している新型コロナウイルス感染症もまた、そんな過去の未曾有の災害に匹敵する惨事と言えるでしょう。

読者の皆さんもご存知の通り、このわずか3ヶ月で働き方、学び方、食べ方など、さまざまな生活様式が激変しました。「被害を拡大させない」という思いがもたらした変化です。この先、社会を変える力は次第に「悲劇を繰り返さない」という思いにシフトしながら、この流れは加速し続けるでしょう。

では、コロナ禍の先はどのような社会になっているでしょうか。それは次のようなタイプの変化に注目すれば見えてきます。すなわち、「○○しないとコロナに感染する」というネガティブな結果を回避して広がっているように見えて、実は「○○すると良いことがある」とポジティブな結果を期待して広がっている変化です。たとえば、在宅勤務、オンライン会議、オンライン学習、オンラインフードデリバリー、オンライン診療などです。

これらの変化は私たちの生活の質を高めてくれます。そして、その変化が自宅とその周辺地域の生活環境を改善し、巨大災害時の厳しい避難生活の中で生じる犠牲を減らすことにもつながるでしょう。

しかし、こうした楽観的な見通しには落とし穴があります。それは、これまで以上にIT技術や電気に依存した社会であるため、停電に対して非常に脆弱である点です。南海トラフ巨大地震が発生すると、各地で数週間以上の停電に直面するとの試算があります。東日本大震災後、非常用発電機の設置台数が増加し、高機能化も進んではいるものの、せいぜい3日程度の停電への対応が限界です。

長期停電にいかに備えるか、コロナ禍の先にある社会を大規模な災害にも強い社会とするために「どう変わるか」ではなく、「どう変えるか」を考えなければなりません。

(産経新聞夕刊令和2年6月15日掲載)

これまでに寄稿した過去のコラムはこちら