「南海トラフ地震臨時情報」 本気の事前防災を促す契機に
8月7日,「南海トラフ地震臨時情報」のガイドライン(運用指針)が改定されました.この情報は昨年夏,多くの観光客や帰省客で各地がにぎわう中,初めて政府から発表されました.しかし,当時は受け止め方や行動判断が難しく,戸惑った方も少なくなかったはずです.今回の改訂は,その経験を踏まえたもので,私も政府の委員の一人として見直しに関わりました.では,この「臨時情報」とは,どう向き合うべきでしょうか.その視点を共有するため,本稿を執筆しました.
平成23(2011)年3月11日の東日本大震災の2日前,プレート境界付近でマグニチュード7クラスの地震が発生していました.一部の保育園や高齢者施設では,津波避難の方法や施設の施錠ルールを見直し,震災当日に全員が無事避難できた事例もあります.しかし,そうした事前対策は社会全体には広がりませんでした.この課題意識を背景に,令和元(2019)年に創設されたのが「臨時情報」です.
この情報の本質は,社会全体で「本気の事前防災」を後押しすることにあります.南海トラフ地震は突然発生する可能性の方が圧倒的に高い――だからこそ,臨時情報が出たときの行動計画づくりを目的化してはいけません.むしろ,「もし近日中に南海トラフ地震が発生するなら何をしておきたいか」を改めて真剣に考え,その中から平時に実行しておけることを一つでも多く選び,日常の業務や暮らしに組み込んで前倒しで実行しておくことが重要です.
そうしておけば,臨時情報が出ても慌てる必要はありません.発表時には,これまでの備えを確認し,必要に応じて補足するだけでよい――これが理想です.臨時情報は最後の一押しの契機として活かす程度にしておくこと.それこそが「本気の事前防災」としてのこの情報との正しい向き合い方です. この情報は地震予知ではありません.臨時情報を契機に自宅の耐震化に着手する――その一歩を後押しすることも,この情報の価値です.たとえ発表から間をおいて完了することになってもまったく問題ありません.住民,行政機関,事業者など,多様な主体がこの制度の趣旨を正しく理解し,本気の事前防災に取り組まなければ,突然発生する南海トラフ地震に深刻な被害を招くことになりかねません.
(産経新聞夕刊令和7年8月18日掲載)
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