ゼミ紹介

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Seminar Activities

私自身は,学部生の時は上里一郎先生の「健康心理学研究室」が本属でしたが,春木豊先生の「行動学研究室」にも参加していました。修士課程はそのまま行動学研究室,その後,Michael J. Mahoney先生の「構成主義研究室」で,”embodiment and affect”の研究担当,帰国して,越川房子先生の研究室に属しました(当時,ラボに名前はなかったと思います)。

という遍歴があって,本研究室の主な研究テーマは次の通りです。

(a)身体動作および身体感覚の対自効果の研究

これまで,「身体心理学」の観点から,身体動作の研究を行ってきた。身体心理学とは,行動が他者に与える影響ではなく,自分自身に与える効果(=対自効果)を研究する分野である。以下は,身体動作の研究例である。

  • 表情:笑うから楽しい?(表情フィードバック仮説)。怒りや驚きの表情によってその感情が増幅されるか?
  • 姿勢:うつむくからうつになる,あるいはうつのときはうつむきの姿勢がよい? ガッツポーズなども研究対象になる。
  • 視線:視線によって認知活動や気分が変わるか?
  • 呼吸:呼吸法の効果。武道における息の使い方。
  • 音声:発声による感情の変化
  • 身振り:ジェスチャーは自分自身にはどのような意味・効果があるのか?(拍手,電話のときのお辞儀などについても研究したい)
  • 接触:人に触ったり,触られたりすることの効果。
  • 動作:行法や,武道,茶道などに見られる身体の動きの効果。
  • 化粧・服装:外見を変えることによって生じる自己概念や対人行動,性格の変化など。

身体感覚については,体の動きなどに関する自己受容感覚(proprioception)や深部感覚(visceral sensation)だけでなく,味覚,嗅覚,皮膚感覚(触覚,温覚,痛覚)など,幅広く捉えている。最近は,身体化認知の研究を行っている。すでに行った研究については,学会発表の欄をご参照ください。

関連文献

  • 春木 豊(編)(2002)身体心理学:姿勢・表情などからの心へのアプローチ 川島書店.(菅村は,姿勢,音声,化粧行動,被服行動の章を担当)
  • 春木豊(2011)動きが心をつくる:身体心理学入門 講談社.

(b)心身の健康の改善・維持・向上に関する研究

専門は「構成主義心理療法」である。それは従来の心理療法にはない理論や技法をもつ一方で,旧来の精神分析,認知行動療法,クライエント中心 療法,ゲシュタルト療法,身体心理療法などを統合的に理解する立場である。そのため,本研究室でいう心理療法の技法とは,基本的に学派を問うものではな い。以下は,とくに関心をもっている技法である。

  • ボディバランス・エクササイズ:英語のバランスという言葉は,物理的な均衡だけでな く,こころの均衡,つまり落ち着きも意味する。実際,不安を感じたりしてこころのバランスを失うと,からだのバランスも普段よりも揺れ動くようになり,そ の逆もありうるという実験結果も報告されている。主に立位での身体バランスを取ることを通じて,精神のバランスを回復させることを狙った技法。 ボディ・ ワーク:ヨーガ,太極拳,気功法,ダンスなどを心理療法やメンタルヘルスの向上に応用した研究も多数行われている。身体動作や身体感覚が自分自身に与える 効果を利用したエクササイズ。
  • エナクトメント・ワーク:ある役割を演じることによって,今までの自分にはない物事の見方ができるようになったり,アイデンティティが拡張してい くということがある。「あたかも他者であるかのように」行動することで,自分にとって新しく見えてくる世界を作り,よりよく生きるための技法として,「役 割固定法」などがある。心理劇などとも関係が深いアプローチ。
  • マインドフルネス:認知や行動,あるいは感情を「修正」しようとはせずに,ただそれに気づいていようとする訓練である。「今ここ」に注意を向ける 呼吸法や歩法,食事などがある。本来,仏教の瞑想に端を発するが,今日では,不安・パニック障害,不眠症,食欲異常亢進,うつなどの心理的な問題のほか, 慢性疼痛(頭痛)や高血圧などの内科的疾患,乾癬などの皮膚疾患などに対する効果が確認されている。
  • ナラティヴ・ワーク:「ナラティヴ」とは「語り」を意味する。心理療法は「語り」そのものであるが,自分だけの日記をつけることでもメンタル・ヘ ルスが向上する効果がある。他には,誰にも送らない手紙を書いたり,自分の人生をストーリーとして書きまとめたりすることなども臨床に応用されている。
  • その他:音楽療法,読書療法,飲酒の効用,食べ物の心理的な効果(例,ショウガによる覚醒や鎮静の効果など),ユーモア・ジョークの効果などにつ いてはまだあまり研究が進んでいないが,これらにも関心がある。また,メンタルヘルスの維持・向上に関わる要因としての行動や思考傾向なども研究テーマの 1つである。たとえば,レジリエンスと呼ばれる精神的な回復力や,感謝すること,許すことなどがどのようにメンタルヘルスやウェルビーイングに関わってい るかなど。

ただし,卒論で心理療法の技法の効果を調べたい場合,臨床群やそれに近い大学生を対象とはせず,むしろ通常の学生のQOLの向上や集中力,記 憶力の増加,リラクセーション効果などを実験的に検証したり,特定の技法に反応しやすい個人特性を調査したりするほうが研究を進めやすい。

関連文献

  • 越川房子(監修)(2007)ココロが軽くなるエクササイズ 東京書籍.(センタリング瞑想,エナクトメント・ワーク,ボディバランス・エクササイズ,ナラティヴ・ワークの解説を菅村が担当)
  • 越川房子(監訳)(2007)マインドフルネス認知療法:うつを予防する新しいアプローチ 北大路書房. Segal, Z. V., Williams, M. G., & Teasdale, J. D. (2002). Mindfulness-based cognitive therapy for depression: A new approach to preventing relapse. New York: Guilford.(全体の解説を菅村が担当)
  • 早稲田大学複雑系高等学術研究所(編)(2007)身体性・コミュニケーション・こころ 共立出版.(菅村は構成主義心理療法を概説)

(c)文化比較や文化固有の現象の研究

担当者は,座禅,太極拳,ヨーガ,気功法などにみる東洋の身体観が西洋の身体観と異なることや,仏教思想の心理学的な意味については論じてきた。ここでは,宗教性も含めるが,それだけにとどまらない広い意味での「文化心理学」をテーマにしたい。今後は,論考にとどまらず,調査や実験によりデータを取っていきたい。文化比較に関して興味のあるテーマは以下である。

  • 言語や宗教が思考に及ぼす影響
  • 神道と日本人の精神性との関係
  • 西洋と東洋における思考や選好の違い(とくに英米と日本を対象に)
  • 日本と他の東アジアの国における思考や選好の違い
  • 地域性や県民性の研究
  • ※日本などの狭い国土で,かつ激しく人口流動する今日,地域によって気質が異なるとは思わないが,県民性に関する知識によって,行動が変わり,その行動によって,県民性の概念が維持されることがあると考えている。たと えば,真っ昼間から飲むという県民イメージがあることで,真っ昼間に酒を飲むという選択肢が有力な候補になり,実際に行動が生起すると,そのような県民イ メージが強化される。そもそも,なぜそのような県民イメージができたのかについては,丸山孫郎のサイバネティクス社会学の考え方が有効だろう)

一方で,日本文化に特徴的な事象や現象にも関心がある。なかでも,日本でのマンガの人気はもはやサブカルチャーとはいえないレベルになっていると思われる。そういう意味で,日本文化としてのマンガも研究対象になりうる。

  • マンガと他のメディアとの心理学的な差異(知覚や生理のレベルなど)
  • マンガの表現技法の知覚
  • マンガによる教育効果の向上
  • マンガやアニメを用いた緩和医療
  • マンガのキャラクターを使った感情尺度の開発
  • マンガの選好と発達段階との関係
  • マンガを用いた読書療法
  • マンガの選好の文化比較

関連文献

  • Kwee, M. G. T., Gergen, K. J., & Koshikawa, F. (Eds.), Horizons in Buddhist psychology: Practice, research & theory. Chagrin Falls, OH: Taos Institute. (菅村は,仏教,道教,神道に基づく心理療法のかたちを提案)
  • 村本由紀子(訳)(2004)木を見る西洋人 森を見る東洋人 ダイヤモンド社.Nisbett, R. E. (2003). The geography of thought: How Asians and Westerners think differently … and why. New York: Free Press.
  • ベネディクト,R. (1963)菊と刀菊と刀:日本文化の型 講談社学術文庫.
  • 和辻哲郎(1979)風土:人間学的考察 岩波文庫.