林准教授執筆の新コラムを掲載しました。大学で求められるようになってきたAI教育をドイツ言語文化コースはどのように実践しているかをご紹介します。ぜひご一読ください。
コラム:AI教育の実践
プラトンは『パイドロス』の中で、文字というテクノロジーの持つ危険性について書いている。それによれば、文字は人間から記憶力を奪い、実際には知らないことも知っている気にさせる作用を持つという。いま我々はまったく同じ事態に直面している。それは、AIというテクノロジーによってである。
現在の社会において、AIの存在はもはや避けて通れない。AIがなければ業務が立ち行かない状況にすらなっている。就職のためには、依存や濫用ではない、きちんとしたAIスキルを身につけていることが求められる。したがって、大学は、AIの便利さをただ享受するだけでなく、どう付き合っていくべきかを学生にしっかり指導する責任がある。
ドイツ言語文化コースでも、この考えに基づいた指導実践を行っている。指導において最も大切にしているのは、AIに頼り切るのではなく、自分の知識や経験をそこにどのようにプラスするかという点である。AIは膨大なデータから手際よく文章を作ってくれるが、そこには自分自身の深い思索や、人生体験から来る独自の視点がすっぽりと抜け落ちている。それがなければ、人の心を打つようなものは生み出せない。
AI教育の実践として、Gemini Notebook(旧:Notebook LM)を使って論文を分析し改善点を提案するレポート課題を出している。手順としては、まず任意の論文とレポート例のデータをアップロードし、教員が指定したプロンプトで、AIに論文の要約や分析を出力させる。そして出力された文章に、自分自身の考えを組み込む、あるいは全面的に書き直すという作業を行う。
教員は、学生が提出したAIの回答とレポートとを比較しながら、学生自身の考えがきちんと盛り込まれているかを厳しくチェックする。ただのAIの丸写しや、表面的な言い換えにとどまっているところは重点的な書き直しを命じる。
はじめに提出されたレポートの中には、氏名を書き忘れたり、段落の最初の一字を下げなかったりといった、ごく初歩的なミスも散見される。これは、AIの回答をただコピペした結果、全体を見渡し、細部に気を配るという基本的な注意力や思考力が奪われたことを示している。プラトンが文字に見出したように、AIは人間を賢くするのではなく、愚鈍にもさせうるのだ。
この指導を通して学生に一番伝えたいのは、AIは便利な道具である半面、使い方を間違えると人間の能力をあっさりと退化させてしまうという事実だ。指示通りに機械に文章を作らせ、それをうのみにするのは、思考の放棄に等しい。そうなれば、AIを超える価値を生み出すような人間にはなれないだろう。
ドイツ語のテクストを深く読み解き、人間への理解を深めるドイツ言語文化という学びの場において、AIを信じ切っている自らの甘さに気づき、自分の頭で考える力を取り戻す。それこそが、本コースでAI教育を実践する最大の目的である。
執筆:林英哉
アイキャッチ画像はGeminiを用いて生成したものです。