研究内容

高分子の衝撃破壊

様々なところで利⽤されている⾼分⼦であるが、⾼分⼦のタフネスを知ることは重要な課題である。特に、年々様々なデバイスのサイズが薄くなっているため、必然それに使⽤する⾼分⼦材料も薄くなってくる。⾼分⼦材料が薄くなるほど、分⼦性が重要となってくる。高分子は、その種類によって破壊様式(脆性・延性)が異なる。脆性・延性の違いを分子レベルで解明するために、全原子分子動力学(AA-MD)計算による高分子破壊シミュレーションを実施した。ターゲットとして⽤いた⾼分⼦材料は、代表的な脆性材料であるポリメタクリル酸メチル(PMMA)と、延性材料であるポリカーボネート(PC)である。図にAA-MD 計算より得られた応⼒歪曲線を示す。PMMA は最⼤応⼒を超えると、応⼒は⼩さいままであった。これは、最⼤応⼒後⼤きなvoidが形成され、割れてしまったからである。つまり、PMMA の系は脆性破壊を示した。⼀⽅で、PC は降伏点を超えたのち⼀旦応⼒が下がり(歪軟化)、再び応⼒が⼤きくなった(歪硬化)。これは、延性破壊の特徴である。また、PC には小さなvoid が⽣成消滅を繰り返し、⼤きなvoid には育たなかったことが脆性破壊にならなかった原因である。更なる詳細な解析の結果、分⼦のかとう性(⼆⾯⾓の動きやすさ)、からみ合い密度、不均⼀性がこれらの差を⽣み出していることも突き止めた。


高分子のソルベントクラック

特定の高分子に特定の溶剤が作用する時、破壊現象が起こる。この現象はソルベントクラックと呼ばれており、高分子材料の使用上大変重要な性質であるため、実学的な研究・調査は古くから行われている。しかしながら、この現象の化学的・物理的な理解が解明されたとは言い難く、さらには、明らかにこの現象は分子性が効いており、ミクロな描像に基づいた研究が必要となってくる。そこで、我々はは、全原子分子動力学(AA-MD)計算を用いて、①溶剤分子の高分子中への溶解挙動、②溶剤分子の高分子中での拡散挙動、③高分子破壊時における溶剤分子の応答を計算することにより、分子レベルから高分子破壊への溶剤影響の解明を目指している。


珪酸水和物の膜透過現象

無機元素材料は適切な濃度であれば、組織再生を誘引する現象が世界的に報告されている。珪酸水和物は、幅広い材料形状、サイズにおいて骨芽細胞の骨分化を促すことが知られており、数ある候補の中で有益な無機元素材料である。珪酸水和物を主成分とするナノ粒子(直径約60 nm)は、細胞飲作用で細胞に取り込まれることが報告されている。一方で、ナノ粒子より組織再生誘引が有効な10 nm以下の珪酸水和物の取り込み機序が不明である。そこで、小規模珪酸水和物をターゲットとした材料創生に向けて、吸収作用機序の解明を目指している。MD計算の特徴を生かし、分子レベルで珪酸水和物の吸収機序の解明を行う。珪酸水和物の取り込みは、細胞外液(細胞周辺の水溶液)を取り込む細胞飲作用または、熱運動により膜を通過する受動輸送の機構で起こる。細胞飲作用の場合は、細胞周辺に集まりやすい(細胞吸着自由エネルギーが低い)物質が取り込まれやすい。受動輸送は膜透過率(単位面積単位時間あたりに透過する分子数)が大きい物質が通りやすい。よって、これらの量を見積もることで、機序を明らかにする。


ミセル可溶化

両親媒性の界面活性剤は、臨界ミセル濃度以上に水溶液中に溶けると、疎水基を内側に親水基を外側に向けた球状ミセルを形成する。球状ミセルが水溶液中に存在すると、オクタンのような難溶性物質がミセル中へ取り込まれることにより、水中へ分散することができる。この現象が可溶化現象である。可溶化現象はインクや化粧品、薬物の体内への溶解など工業製品から医薬品まで幅広く利用されている。様々な場面で利用されている現象であるが、可溶化分子が「なぜミセル中へ取り込まれるのか?」、「どの程度取り込まれるのか?」、「ミセル中のどこに取り込まれているのか?」といった疑問が分子レベルで明らかにされていなかった。これらの疑問を明らかにするには、AA-MD計算を用いた可溶化自由エネルギーの計算が有効な手法となり得る。そこで、①可溶化分子の水中とミセル中の自由エネルギー差を単純な直鎖アルカン分子と代表的な親水基をもつ分子(メチルアミン、オクチルアミン、メタノール、オクタノール)について計算し、さらに、②ミセルと可溶化分子の距離を反応座標とした自由エネルギープロフィールも計算した。これの結果から、すべての分子はミセル内に可溶化した方が安定であった。一方で、親水基を持つ分子は柵層的に可溶化することを明らかにした。また、ミセル可溶化は疎水性相互作用がドライビングフォースであることも明らかにした。