スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム 「燃料電池触媒層の物質輸送機構解明に向けた、マルチスケール計算技術構築とその活用」

研究概要

本プロジェクト概要図

エネルギーの確保は世界的な問題であり、我が国においても非常に重要な課題である。近年では環境問題に考慮したエネルギーの利用が求められており、その一環として再生可能エネルギーの利用が推進されている。このような社会情勢の中で、供給量の変動が大きい再生可能エネルギーの負荷平準化を行う二次エネルギー源として期待されている水素から、効率よく発電するエネルギー変換機器として、燃料電池は注目を浴びている。燃料電池には様々な用途が想定されている。家庭用乗用車などで普及しつつある二次電池を搭載した電気自動車は、長い航続距離が要求される大型・商用モビリティ(Heavy Duty Vehicle: HDV;トラック、電車、船舶など)では、充電時間やコスト・性能面で課題が存在する。そのため、HDV については燃料電池の利用が世界中で期待されている [Nat. Energy 6, 462 (2021)]。我が国においては、2030年以降の普及に向けたHDV向け燃料電池の目標を、産官学一体で掲げている特に、発電効率、出力密度、耐久性の面で現状と目標値との解離が大きく、これらを向上させる技術開発が急務である。
  燃料電池の発電メカニズムは、まず、水素分子がアノード触媒層に輸送され、分解されることでプロトンと電子が生成される。次に、生成されたプロトンはカソード触媒層に運ばれ、空気中から取り込まれた酸素と結合し、水分子が生成することで発電される。特にカソード触媒層が重要であり、触媒層内のプロトン・酸素ガスの物質輸送が出力改善の鍵となる。出力に重要な触媒層は、白金触媒担持カーボンと高分子電解質からなる複雑で不均一な多孔質構造を有している。これを構成するカーボン担体もまた粒子の内部に穴を持つ多孔質体であり、その構造は物質輸送に強く影響することがわかっている。この複雑で不均一な領域における物質輸送機構は実験による解析が困難であり、触媒層の開発指針は試行錯誤的に得られた経験に基づいている。さらなる性能向上のためには試行錯誤からの脱却が不可避であり、そのため、シミュレーションによる物質輸送機構の解明は、開発指針を得る上で重要な役割を担う。
  燃料電池触媒層のモデル構造の端から端まで、つまり、100 nmの距離を物質が輸送されるのに必要な時間は、酸素分子の場合には1ミリ秒程度である。このような1 億原子系における長時間ダイナミクスを通常の分子動力学計算により直接追跡することは不可能であり、長時間シミュレーションが可能な技術を分子動力学法と組み合わせるマルチスケールな計算技術の確立が求められている。本研究計画では、スケールの異なる計算手法を機械学習を用いて接続することを提案する。機械学習のためのアンサンブル計算に、多くの計算資源が必要である。本申請課題は、量子化学計算、分子動力学計算、機械学習、粗視化ダイナミクスを用いたマルチスケール計算技術を確立し、広域な時空間スケールでの物質輸送解明にアプローチするものである。これを達成するためには、超大規模並列計算と大量のアンサンブル計算が必要なため「富岳」の利用が不可欠である。