真空中における銅の絶縁破壊特性に及ぼす加工雰囲気の影響

緒言

リニアコライダーと呼ばれる電子・陽電子線形衝突型加速器の開発計画が,高エネルギー加速器研究機構(KEK)によって進められている.これは,対向した位置から電子と陽電子を光速程度まで加速させ,中央部の最終収束システムで正面衝突させるものである.この衝突により,ビッグバンとほぼ同じ状態を生み出すことが可能であり,その瞬間に発生する素粒子を測定することにより宇宙の起源解明につながると考えられている.その線形加速器の開発過程において,通称“X バンド”と呼ばれる加速管が提案された.これは,図 1 に示すような無酸素銅製の加速管ディスクとよばれるものを数万枚〜数十万枚接合して作られるものであり,加速管内は電子・陽子を加速させるために 10-5~10-7Pa の高真空状態が要求される.
この X バンド加速器の製造には解決すべき点が多数ある.その一つに,加速管内で絶縁破壊が生じることが挙げられる.主線形加速器に用いられる無酸素銅製の加速管において,実際に高真空領域下で加速電圧をかけた時に,理論値よりもはるかに低い電界強度で絶縁破壊が生じている.真空中での放電は一般的な気体中の放電と異なり,電極表面状態にきわめて敏感となる.そこで,本研究では銅電極の加工雰囲気の違いによって,真空中の絶縁破壊にどのような影響を及ぼすかについて検討する.

 

実験装置・実験方法

絶縁破壊試験を行う装置を図 2 に示す.ドライポンプとターボ分子ポンプを用いて真空排気を行うことにより,装置内部は 10-4Pa レベルの高真空を維持することができる.装置内部では,図 3 のように,高圧側,低圧側端子の試料サポートにギャップを設けて電極試料を取り付けることが可能である.高圧側の電極棒は高圧パルス発生回路装置と繋がっており,高圧パルス発生回路装置を使用してインパルス電圧を印加することにより,絶縁破壊試験を行うことができる.また,電極試料は NC 旋盤による加工を行い,加工雰囲気を切削油剤,窒素雰囲気の 2 種類で試験を行った.

 

実験結果

図 4 に窒素雰囲気で加工した電極試料の絶縁破壊電界と絶縁破壊回数の関係,図 5 に切削油剤で加工した電極試料の絶縁破壊電界と絶縁破壊回数の関係を示す.窒素雰囲気で加工された電極試料の平均絶縁破壊電界は 62.4MV/m,切削油剤を用いて加工された電極試料の平均絶縁破壊電界は 45.1MV/mとなり,窒素ガス中で加工された電極試料のほうが絶縁破壊電界が上昇するという結果を得た.これは,窒素ガス中で加工することにより,炭素系不純物の付着および表面の酸化が抑制できることを示唆しており,そのために試料表面からの不純物や電子の放出が少なく,絶縁破壊電界が大きくなると考えられる.

 

結言

銅電極の加工雰囲気の違いによって,真空中の絶縁破壊にどのような影響を及ぼすかについて検討した.その結果以下のことが明らかになった.窒素ガスを噴射しながら電極試料を加工することにより,試料表面からの不純物や電子の放出が起こりにくく,絶縁破壊電界が上昇する.