Red Star Line Museum (Antwerpen)(2024年9月)

1年ほど前の訪問記録です。

アントワープ(アントウェルペン)は、日本では「フランダースの犬」の舞台として有名ですが(といっても大学生の方たちは私の子ども時代にヒットしたアニメーションを知らないでしょう)、ベルギー北部の海に面した都市です。そして、アントウェルペンの港は、かつてヨーロッパからアメリカへの移民の出発地のひとつでした。その歴史を示す博物館が、Red Star Line Museumです(英語版サイト)。

この博物館は、Red Star Lineという船会社が、アメリカに渡る乗客のうち、3等船室に乗る人たちの健康診断や荷物の洗浄、乗船手続きなどを行っていた建物を利用しています。当時移民に対して、伝染病をアメリカに持ち込むという警戒感から、管理がきびしく行われていました。乗客は医師による診察を受けるだけでなく、衣服や荷物を全て高温で殺菌してからしか乗船を認められなかったのです。しかし、2020年からの新型コロナウイルスによるパンデミック期、国境を越えて移動する場合には、PCR検査が義務づけられたり、1週間、場合によっては数週間、宿泊施設や自宅に隔離になったり(Quarantine)していたことを思い出せば、似たようなことはずっとあったのだとイメージしやすいかもしれません。

博物館の入り口には、まず様々な時代や地域における人々の移動が、地図や史料とともに解説されています。これを通して、訪問者は、人の国際移動が最近始まった特殊な出来事ではなく、世界中で普遍的に行われてきたことであり、こうした移動なしに私たちの歴史を語ることはできないと自覚することになるでしょう。

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この導入エリアを過ぎるといよいよ、この建物を経由してアメリカに渡っていった人々の歴史をみていくことになります。展示は全てオランダ語(ベルギーのフランドル地方の公用語はオランダ語、ワロン地方の公用語はフランス語です)ですが、外国人観光客にはチケット売り場で英語の翻訳が書かれた冊子を渡してくれました。

冒頭は、このレッドスターラインという会社の成り立ちを説明するコーナーで、1871年から1935年まで、ヨーロッパからアメリカへの移民や旅行客が利用する船を運航していました。展示は、アントウェルペン以外のヨーロッパ行き路線も含め、旅客たちがどのような場所からやってきたのか、どのくらいの期間をかけてアメリカに旅立っていったのか、など、移住者の経験が、パスポートや船のチケット、旅行カバンなどの歴史史料や映像などによって語られています。また、アントウェルペンの街に点在した移住者が一時的に滞在するための旅館を示す地図や写真も、移民の存在がこの地域にとって持つ意味を感じさせてくれます。厳しい身体検査と荷物の消毒を終えた旅客は船に乗りますが、1等と3等では食事や船室に大きな違いがあることも視覚的に理解できます。

船から下りた移住者が到着するのはニューヨークのエリス島、ここで入国審査を受けることになります。多くの旅客をアメリカに送り出してきたレッドスターラインが1930年代に経営悪化に直面したのは、アメリカが20世紀以降、移民の入国を制限し始めたためでした。タッチパネルで、異なる年齢や性別、移住の経緯を持つ人を選び、その人がアメリカに無事入国できたのかを順を追って知るという展示があったので、実際にやってみました。私が選んだのは、20代前半のベルギー人女性。第1次世界大戦時にベルギーで従軍していたアメリカ兵と恋人になり、彼の子どもを妊娠したこともあって、アメリカで結婚しよう、と移住船に乗りました。しかし、まだ正式に結婚していなかった彼女は、入国を拒否され、ベルギーに送り返されそうになります。しかし、恋人が彼女の入国を認めるように運動し、新聞に、国のために戦った兵士の未来の妻に対する不当な扱いについて訴え、記事にしました。その記事が功を奏して、彼女はアメリカに入国できましたが、その日のうちに彼と結婚するのが条件だった、ということです。こうしたアメリカへの移住経験は、時と状況によってずいぶん違いがあったことを思い起こさせます。

この博物館は2013年にオープンしましたが、ヨーロッパからアメリカへの移民の歴史を、現場で追体験すると同時に、当初から現在のベルギーに外国から移住してきた人々の生活や経験を理解する場としてつくられたと言います。展示の最後は、アントウェルペンの地図に、モロッコやコンゴ、ルーマニアや台湾など、様々な地域から移住してきた人々の写真が配置されたディスプレイで締めくくられます。写真のひとつに触れると、その人の属性が現れ、短いインタビュービデオをみることができます。

別の記事で述べるように、学会報告でお話しすることができたベルギー人学芸員の方は、自身もモロッコから移住してきた両親を持つ方でした。彼女は、歴史的な移住を示す施設で、現在の移住者のストーリーを語ることに意義を見いだしていました。アントウェルペンから移住した最も有名な人物は、ナチスドイツから亡命したアインシュタインですが、博物館は、アインシュタインの資料も示しつつ、過ぎ去った出来事ではない現在の国際移動を理解し、共有する場を目指す場となっていました。