金属触媒の超高度利用に基づく効率的分子変換技術

  1. 前周期金属であるニオブ触媒 を用いた反応開発
  2. イリジウム錯体触媒を用いた水素移動を伴うアルコールによるアルキル化反応
  3. パラジウム錯体触媒を用いた酸化的カップリング反応
  4. Ti-Pd合金を新規固体触媒として用いた有機変換反応
  5. 画期的な金属ナノ粒子の合成および触媒利用

1.前周期金属であるニオブ触媒 を用いた反応開発

 従来の金属触媒は貴金属と呼ばれる「後周期」金属種(8~10族)が中心でしたが、その代替として注目されているのが安価な「前周期」金属種(3~5族)です。とりわけ、反応性の高い「低原子価」金属は、高付加価値物質を効率的に合成する高活性触媒として期待されています。しかし、低原子価前周期金属化合物は一般的に化学的、熱学的に不安定で有機合成反応への利用は低温下で行わなければならないなどの制約がありました。そこで我々は熱的に安定な低原子価前周期金属化合物である三価ニオブに着目し研究を進めてきました。

 我々は三価塩化ニオブ化合物を触媒として、アルケン(炭素間の二重結合を持つ)とアルキン(炭素間の三重結合を持つ)との反応を進めたところ、従来法では製造に多段階の反応工程が必要だったクロス環化反応による「1,3-シクロヘキサジエン誘導体」が一段快かつこう収率に得られることを世界で初めて見出しました。1,3-シクロヘキサジエンは機械的強度や耐熱性に優れたポリマーなどの原料として用いられる有用な化合物です。

 また、高いルイス酸性を示す五塩化ニオブを用いることで医薬品原料の骨格にみられるピリジンやピリミジン誘導体の合成にも成功しました。従来では過剰量のブレンステッド酸を必要とすることや高温高圧での合成が必要でしたが、触媒量のニオブを用いることで穏和な条件での合成法を見出しました。

ページのTOPへ

2.イリジウム錯体触媒を用いた水素移動を伴うアルコールによるアルキル化反応

 有機合成においてC-C結合形成を伴うアルキル化反応は有用で、様々な反応基質を用いることで高付加価値化された材料に変換することができます。しかし、従来では毒性が高い試薬を用い,当量の副生成物が廃棄物として生じるとこや高温高圧の多段階反応が必要でした。そこで我々は有機分子間で水素原子をやりとりする酸化・還元反応をもとに分子変換する水素移動を伴うアルキル化反応に着目しました。これにより安価で取り扱い安易なアルコールを用いた穏和な条件での反応に成功した。当反応は副生成物が水のみであり環境に優しい特徴をもっています。

 我々は水素移動反応に対して高い触媒活性を有するイリジウム錯体触媒を用いた様々な基質に対するアルキル化反応を報告している。また、本反応を適用することでハロゲン化アルキル試薬を用いることなく非ステロイド性抗炎症薬であるナプロキセン合成に応用することを達成しました。

ページのTOPへ

3.パラジウム錯体触媒を用いた酸化的カップリング反応

 イミンやアリルアミン、アリルシランなどの含ヘテロ不飽和化合物は医薬品や農薬の中間体として用いられる工業的にも有用な化合物である。これらの化合物を合成する手法として我々は分子状酸素を用いたパラジウム錯体触媒による酸化的カップリングに注目しました。この反応は不活性なフィードストック(アルケン、ジエンなど)を出発原料とし一段階で官能基を導入できるためステップエコノミーの観点から非常に有効です。

 我々はこれまでに、モリブドバナドリン酸塩((NH4)5H4PMo6V6O40·23H2O; NPMoV)が常圧酸素雰囲気のもと、Pd(0)の再酸化に対して極めて高い活性を見出しております。本研究ではアミンと単純アルケンを反応させ、酸化的アリル位アミノ化反応においてアリルアミンが高収率で得られることを見出している。

 近年ではNPMoVを用いず、Pd/Cu/O2系により、不活性ジエンに対するアミノ基とシリル基を一段階で導入する酸化的カップリングを報告している。この反応ではメタセシスやウィッティヒ反応では困難な多置換(Z)-アルケンを高収率、高選択的に合成することができる。

ページのTOPへ

4.Ti-Pd合金を新規固体触媒として用いた有機変換反応

 複数の金属を混合した材料である合金は、純金属には見られない特異的な性質を示すことが知られています。従来の不均一系触媒は担体上に金属微粒子を熱的に接着させた担持触媒と呼ばれるものが一般的に使用されております。しかし,担持触媒は溶液中への金属が溶出し、表面上で金属の凝集による不活性化が起きます,使用前に高温条件での活性化処理を要するといった課題が存在します.それらの課題に対する解決策として,我々はチタンに触媒活性の高いパラジウムを微量添加したTi-Pd合金に着目しました.この合金は金属が均一に混ざっており,表面の酸化被膜によりパラジウムが保護されているため,合金触媒は担持触媒とは異なる性質を持つ新規な固体触媒として使用可能です.

 我々はTi-Pd合金を触媒として用い、鈴木-宮浦クロスカップリングやN-アルキル化反応への応用を達成しました。従来の不均一系触媒とは異なり再活性化処理を伴わない触媒の再利用に成功しました。また、反応溶液への活性金属の溶出は観測されませんでした。今後Ti-Pd以外の活性金属を用いた合金を触媒として利用することで種々の有機変換反応への応用が期待されます。

ページのTOPへ

5.画期的な金属ナノ粒子の合成および触媒利用

 粒径が数十nm(ナノメートル: ミリメートルの100万分の1)以下の金属の粒である金属ナノ粒子は比表面積が増大することから、高活性な触媒として利用することが進められてきています。また、数個から数百個の金属原子から構成される約1nm程度の粒子はナノクラスターとも呼ばれ、バルク金属や金属錯体には見られない特異な性質や機能が発現することが知られています。我々は従来、金属ナノ粒子合成に必要であった保護剤、分散剤を使わずに、一般的な溶媒であるDMF(N,N-ジメチルホルムアミド)のみを用いたDMF還元法によって、これまでにパラジウム、銅、イリジウム、鉄などの金属ナノ粒子の液相合成を達成しています。DMFが金属ナノ粒子の周囲を包みこみ保護するため、ナノ粒子同士の凝集を防ぎ水系(水-エタノール)の溶媒に高い分散性を示し、溶液状態で数年以上も安定な状態を保っています。

 また、DMF保護法により合成された金属ナノ粒子はこれまでに鈴木-宮浦クロスカップリングなど種々のカップリング反応、電子材料や塗料に用いられる有機ケイ素化合物を合成するヒドロシリル化反応や安価で入手可能なメタノールを用いたジメチル化への応用を達成している。これらの反応は抽出操作のみでナノ粒子を回収・再利用でき低触媒量で複数回の利用が可能な高活性触媒です。