乳岡古墳出土品の整理作業から得た知見を日本考古学協会総会にて報告しました。

 関西大学と堺市との地域連携事業として、考古学研究室が昭和 47 年に実施した乳岡古墳出土品(堺市所蔵、堺市博物館にて一部展示中)の整理作業を実施しておりますが、埴輪と腕輪形石製品等の実測作業が完了しました。あわせて、研究室に所蔵されている埴輪の整理作業も進めております。

 研究成果の一部は、日本考古学協会第92回(2026年度)総会(5月24日(日), 於青山学院大学)で、「乳岡古墳出土品の再検討-百舌鳥古墳群の出現を考える-」(井上主税・徳田誠志・十河良和・海邉博史)と題して、井上が口頭発表しました。

 乳岡古墳出土品を検討したところ、従来津堂城山古墳と同時期とされ、乳岡古墳が百舌鳥古墳群の出現期、津堂城山古墳が古市古墳群の出現期の前方後円墳にあたるとされていました。ところが、今回の整理作業を通じて乳岡古墳の時期がさかのぼることがわかり、津堂城山古墳に先行すると考えています。その結果、百舌鳥古墳群では乳岡古墳(長山古墳もほぼ同時期)のあと、履中天皇陵古墳(上石津ミサンザイ古墳)の築造まで空白期が生じることとなり、時期的な差に加え、墳丘規模からも155mと365mと格差が大きいため、百舌鳥古墳群の成立をどのように考えるかが今後の検討課題となります。