新入生へのひとこと
三村 尚彦 [専門分野] 現象学、現代哲学
「哲学」と聞くと、日常生活ではほとんど用いることもないような言葉で抽象的な問題を考える学問といったイメージが浮かぶかもしれません。
実際そうした側面は、たしかにあります(例えば、カントは『純粋理性批判』において「ア・プリオリな総合判断はいかに可能か」という問題を考えたなど)
しかし同時に哲学には、身近なものを徹底的に考察するという面もあります。
私たちには身近すぎてこれまでほとんど考えたことがない事柄が、たくさん存在します。
そうした問題を「そんなことは常識だから」、「考えなくても何の不都合もないから」という言い方で納得せず、とことん突き詰めていくことも、哲学です。
大学という主体的に自由な時間を過ごすことのできる場で、哲学的に考察するおもしろさを体験してください。
自己紹介
北海道出身で関西大学の卒業生です。
フッサール現象学が専門ですが、最近は臨床心理学(フォーカシング指向心理療法にかかわる哲学的研究)や建築学(荒川修作+マドリン・ギンズの研究)、ファッション哲学などにもかかわっています。
趣味は、毎朝のジョギング。
高校時代までバスケットボールをしていたので、今でもNBA(アメリカプロバスケット)を頻繁に見ていますし、バッシュを中心に、スニーカーが大好きです。
哲学倫理学専修の学生とはもちろんのこと、他専修・他学部・他大学の学生、教員とも一緒に、研究会・読書会をしたり、美術館・音楽イベント・ファッションイベントへ出かけたり、合宿やキャンプ、BBQをしたり…、アクティブな課外活動もよくしています。
二回生以降に展開される授業内容
これまで2・3年次生の講義や演習科目で扱ってきた内容には、以下のようなものがあります。
哲学概論a/b
いくつかの代表的なトピックを取りあげて、哲学史の中でそれらの問題がどのように考えられてきたのかを概説します。
扱ってきたテーマには、知識・自己と他者・時間・言語・身体・歴史・存在・自然科学などがあります。
西洋近代哲学a/b
西洋近代というトピックを考えるにあたって、「自然科学」の存在を枠外に置くことはできません。
知のあり方に対してたえず反省的なまなざしを向ける哲学は、「自然科学」という知にどのような態度を取ってきたのかを考えていきます。
まず、デカルトに注目して、彼の自然学、形而上学と近代自然科学の関係について検討する。
次にイギリス経験論、特にヒュームを取りあげながら因果性の問題を考えます。
こころと身体を哲学する(共通教養科目)
心と身体というトピックは、古代から一貫して哲学の中心的な問題の一つでした。
しかし現代においては、心は心理学、身体は生理学によって解明されるという一般的な理解が形成されています。
さらには脳という身体器官の研究が同時に心を解明しているとする見解も、強まってきています。
こうした状況にあって、心と身体をめぐる哲学的考察とは、何をすることなのでしょうか。
この問いへの解答を、「心の哲学」や認知科学の内容も盛り込みながら、探っていきます。
哲学演習a
哲学の原典を講読し、要約ノートを提出してもらうことで、哲学書の読み方のトレーニングを行います。
これまでに取りあげたことのあるテキストは、フッサール『イデーン1巻』、フッサール『デカルト的省察』があります。
専門分野の紹介
学部時代の卒業論文以来、エドムント・フッサール(1859-1938)が創始した現象学を研究しています。
現象学は、意識に直接与えられているものを詳細に記述することを通じて、体験の本質構造・知覚・論理・時間・空間・自己と他者・生活世界と自然科学といった問題を考察する哲学の一分野です。
この現象学の特徴として、意識を身体と絡み合ったものとして捉える身体論が挙げられます。わたしは、現象学的身体論に関心があり、自分の身体感覚が認知にどのように関係しているのを研究してきました。
その関心からここ10年ほどは、アメリカの臨床心理学者・哲学者であるユージン・ジェンドリン(1926—)に関する研究も行っています。
ジェンドリンは、フォーカシング指向心理療法というカウンセリングを提唱した世界的に著名な心理学者です。
フォーカシングとは、漠然と感じられているが明確な言葉にはならないもの(ジェンドリンはそれをフェルトセンスfelt senseと呼びました)に焦点を合わせて(フォーカスして)、自分が感じていることを語っていくという方法で、それが心理カウンセリングの成功の鍵を握っていると考えられています。
ジェンドリンがこのフォーカシングという方法を考案した背景には、哲学者ディルタイの「生の哲学」や現象学があり、ジェンドリン自身は心理学よりも、哲学の著書や論文を数多く発表しています。
ジェンドリンは心理学者としてあまりにも有名になったため、彼の哲学的な業績(体験過程理論、プロセスモデルといった思想)はこれまでほとんど注目されてきませんでしたが、近年ようやくその価値と可能性が認められるようになってきました。
わたしは、ジェンドリン哲学そのものの意義を研究するとともに、彼の哲学を現象学に結びつけたフォーカシング指向現象学を構想しています。
さらにここ数年は、現代美術家で建築家の荒川修作とそのパートナーで詩人のマドリン・ギンズ(以下、荒川+ギンズと略記)の研究にも取り組んでいます。
荒川(1936-2010)は、1950年代後半に日本のネオダダイズム運動に参加、その後1961年単身渡米し、マルセル・デュシャンらと交流を深めるとともに、ギンズ(1942-2014)と出会い、ニューヨークで独自の創作活動を開始、アメリカ、ヨーロッパの現代アートシーンを中心に活躍しました。
後年、荒川+ギンズは、彫刻や絵画から、インスタレーション作品を経て、「天命反転reversible destiny」「建築する身体architectural body」という独特の概念を提唱しながら、「建築」へとその創作活動を移行させ、〈遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体〉(1994年)、〈養老天命反転地〉(1997年)、〈三鷹天命反転住宅〉(2005年)、〈バイオスクリーブハウス〉(2008年)などを建造しました。
また哲学・思想書としてArchitectural Body(『建築する身体』2002年)、Making Dying Illegal: Architecture Against Death(『死ぬのは法律違反です 死に抗する建築』2006年)などを出版し、自らを芸術・科学・哲学を総合する“コーデノロジストCoordinologist”と称しています。
「建築する身体」という概念がもっている哲学的含意は、上記のジェンドリンのフェルトセンスの考え方につながっており(ジェンドリン自身が荒川+ギンズ論を執筆しています)、フォーカシング指向現象学の構想に、荒川+ギンズの思想を取り込むことが、わたしの課題です。
その他、授業では「人はなぜ服を着るのか」、「ファッションと身体の関係性」などを考察するファッション哲学、モード論も取りあげています。
そ の 分 野 を 知 る た め の お す す め の 図 書
- 現象学関係
リレー講義〔古典と私〕の参考文献欄を参照してください。 - フォーカシング関係
リレー講義〔現代と私〕の参考文献欄を参照してください。 - 荒川+ギンズ関係
荒川修作、マドリン・ギンズ『建築する身体 人間を超えていくために』河本英夫訳、春秋社、2007年
塚原史『荒川修作の軌跡と奇跡』NTT出版、2009年
荒川修作・小林康夫『幽霊の真理 絶対自由に向かうために』水声社、2015年
ファッション哲学・モード論
鷲田清一『ちぐはぐな身体』、ちくま文庫、2005年、
鷲田清一『モードの迷宮』、ちくま文庫、1996年
成実 弘至 編『モードと身体』角川学芸出版、2003年
北山晴一『衣服は肉体になにを与えたか 現代モードの社会学』朝日新聞社、1999年
バーナード・ルドフスキー『みっともない人体』加藤・多田訳、鹿島出版会、1979年
講義のテーマと内容(「古典と私」)
講義テーマ:現象学との出会い
「君が現象学者だったらこのカクテルについて語れるんだよ、そしてそれは哲学なんだ」(ボーヴォワール『女ざかり』125頁)。わたしは学部の卒業論文以来、一貫してフッサール現象学をベースにした研究を行っています。しかし、最初から現象学に関心があったわけではありません。それどころか、哲学に対してもあるきっかけがなければ、志すことはなかったと思われます。
本講義では、まずわたしがどのような経緯で哲学に出会ったのか。そして最初は認識論を中心とした西洋近代の哲学者を取りあげて卒業論文を書こうと思っていたのですが、現象学にテーマ変更した事情をお話ししていきます。次に、現象学とはどのような哲学であるのかを、日頃よく見かけるような写真を事例にして解説します。番外編として、わたしの好きな音楽とそのビデオを見てもらう予定です。それが何を意図しているのか、詳しい講義内容については、ここでは、これ以上記しません。授業を聴いて、いろいろ考えてみてください。
リレー講義の参考文献〔「古典と私」〕
認識論という哲学分野が何を問題にしているのかをわかりやすく説明しているのは、
戸田山和久『知識の哲学』産業図書、2002年。
フッサール自身によって書かれた現象学入門という性格の著作として、
フッサール『ブリタニカ草稿』(ちくま学芸文庫)、谷徹訳、筑摩書房、2004年がある。訳者による解説が本格的でかつわかりやすいです。
フッサール『デカルト的省察』(岩波文庫)浜渦辰二訳、岩波書店、2001年は、5つの省察から構成されており、第5省察は現象学的他者論として有名ですが、前半部分はフッサール自身による現象学入門という性格の論述です。
日本人研究者による解説的研究書として、
村田純一『知覚と生活世界 知の現象学的理論』、東京大学出版会、1995年。
この書は、現象学の知覚論が、身体論、行為論、技術論に対してどのような貢献をなし得るのか、その可能性について論じています。
また、少し難しいかもしれませんが、貫成人『経験の構造 フッサール現象学の新しい全体像』、勁草書房、2003年の第1章は、身近な事例を手がかりにして、フッサール現象学による経験の考察の特徴を描き出しています。
フッサールの伝記的なエピソードも交えながら、フッサールの思想展開を追った解説書として、
斎藤慶典『フッサール 起源への哲学』講談社選書メチエ、講談社、2002年
を挙げておきます。
当たり前のことを哲学がなぜ問題にするのかを現象学にもとづいて、解説している田口茂『現象学という思考』筑摩選書、2014年も、お勧めです。
フランス系の現象学として授業内でも紹介するサルトルからは、
サルトル『自我の超越 情動論粗描』竹内芳郎訳、人文書院、2000年を。
「自我はどこに存在するのか」、「自我の超越」では独我論克服の試みがなされ、他者と同じように世界の住人である自我(エゴ)が主張されます。
当時の心理学(ゲシュタルト心理学など)や生理学の知見を参照しながら、意識と身体の絡み合いを具体的な事象を手がかりに論じたのは、
メルロ=ポンティ(中島 盛夫 訳)『知覚の現象学』(法政大学出版局、2015年)です。
メルロ=ポンティの解説書としては、鷲田清一『メルロ=ポンティ:可逆性』(講談社、2003年)がお勧めです。
現象学については、その他にもさまざまな書籍があります。関心をもった人は、ぜひ図書館で実際に本を手に取ってみてください。
講義のテーマと内容(「現代と私」)
第2回:心理療法と現象学
第2回目の講義では、現在わたしが取り組んでいるアメリカの臨床心理学者・哲学者のユージン・ジェンドリンの思想を紹介し、哲学と心理学の関係について解説していきます。また、ジェンドリンの理論と現象学を結びつけて、身体感覚に関する新しい概念を提供することをわたしは目指していますので、その展望も語ります。
哲学と心理学は元々一つの学問分野であり、現在一般的に心理学と呼ばれているものは、哲学から分離独立したものです。まずは、心理学という学問の成立を見ていきます。次に臨床心理学のなかで、パーソンセンタードアプローチと呼ばれているものの特徴、およびその一つである、ジェンドリンが提唱したフォーカシング指向心理療法を解説します。ジェンドリンは世界的に著名な心理学者ですが、本人は哲学者を自認し、ディルタイの「生の哲学」やフッサールをはじめとする現象学をベースにして、体験過程理論やプロセスモデルといった彼独自の思想を提唱しています。ジェンドリン哲学とはどのようなものかを説明します。
わたしはジェンドリンのフォーカシングという考え方を現象学に取り込み、これまでよりも繊細に身体感覚の記述を遂行することを考えています(フォーカシング指向現象学)。その作業によって、脳血管障害などが原因で身体に麻痺の症状がある人のリハビリテーションに役立つ新しい身体感覚概念を提供することを目指しています。こうした研究の先行事例として、認知神経リハビリテーションを紹介していきます。
リレー講義の参考文献〔「現代と私」〕
フォーカシング指向心理療法については、
世界17カ国語に翻訳もされているジェンドリン自身の代表的な著作
ジェンドリン『フォーカシング』村山・都留・村瀬 訳、福村出版、1982 年を。
解説書としては、日本のフォーカシング研究第一人者、池見陽の著作から2冊。
池見陽『心のメッセージを聴く:実感が語る心理学』講談社、1995 年
池見陽『僕のフォーカシング=カウンセリング ひとときの生を言い表す』創元社、2010年
を特にお勧めします。
ジェンドリン哲学に関する書籍は、まだほとんどないので、拙著を挙げておきます。
三村尚彦『体験を問いつづける哲学 第1巻 初期ジェンドリン哲学と体験過程理論』ratik、2015年、
現象学と認知科学の関係およびリハビリテーション研究については、
認知科学に対してもっともインパクトのある現象学的貢献を行ったギャラガーの著作
ギャラガー/ザハヴィ『現象学的な心 心の哲学と認知科学入門』石原ほか訳、勁草書房、2011年を
失語症についてわかりやすく解説しているのは、
山鳥重『言葉と脳と心 失語症とは何か』講談社現代新書、2011年
失語症による言語障害といっても、人によって実にさまざまな症状の表れ方があります。また、「この症状の場合は脳のここの部位が損傷をきたしている」ということまではおおよそわかっても、「では、なぜ、その損傷が言語機能に影響するのか?」ということについては、いまだ曖昧なままです。
40年以上、さまざまな患者さんに接し、研究に携わるなかで、著者は、「人のが、どのように心の中でをつくり、と結びつき、になり、発せられるのか」ということの追究も重要ではないか、そのような考えを、経験を通してわかりやすくまとめたのが、本書。
三度の脳卒中に見舞われた医師による高次脳機能障害の記述は、世界の自明性を根幹から揺さぶります。
山田規畝子『壊れた脳 生存する知』角川ソフィア文庫、2009年
認知神経リハビリテーションの最良の入門書として、
宮本省三『脳のなかの身体 認知運動療法の挑戦』講談社現代新書、2008年
認知神経リハビリテーションを提唱したイタリアの神経内科医カルロ・ペルフェッティの著書も翻訳されています。
カルロ・ペルフェッティ『身体と精神 ロマンティック・サイエンスとしての認知神経リハビリテーション』小池訳、協同医書出版社、2012年
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