日本を発って、ちょうど二ヶ月が経過した。
前回の記事を書いたのがつい先日のように思える。この一ヶ月は本当にあっという間だった。振り返ってみると、それなりに濃密な時間を過ごしていたのだと思う。
まず大きかったのは、マンチェスター大学、ランカスター大学それぞれで受け入れ教員の先生方と面会し、本格的に研究活動が始まったことだ。両大学でIDを発行していただき、図書館を利用したり、セミナーに参加したりする生活が始まった。双方の大学にはユニバーサルトイレが多く、ちょっとした異文化体験も味わった。

[大学キャンパスでピクニック]
もちろん英語での議論にはまだまだ苦労する。しかし、少しずつ顔見知りが増え、家庭以外の場所にも、自分の居場所ができ始めている感覚がある。
賃貸関係も、ようやく落ち着いてきた。もちろん故障箇所の修繕は継続中で、「本当にイギリスはこういう感じなのだな」と思う場面は今も少なくない。
ただ、それでもこの家を少しずつ「ホーム」と感じるようになってきた。
かわいいものが増えてきたのが最大の理由だと思う。イギリスの牧場のイラストが描かれたベッドシーツを敷き、少しずつ可愛いカップや食器が増えていく。チャリティショップやセカンドハンドショップを巡って、小さなアンティークや掘り出し物を探す時間は思いのほか楽しい。古いものが当たり前のように生活の中で循環している文化は、日本とはまた違った豊かさを感じさせる。
5月11日からは、長男が保育園(nursery)に通い始めた。
送迎の際、保護者や先生方と交わす何気ない会話が、「ここで生活している」という実感を少しずつ与えてくれる。6月には、小学校入学(Reception)に向けた説明会にも参加する予定だ。
子連れサバティカルの醍醐味というべきか、研究にまで昇華できるかはさておき、文化比較として興味深いことが非常に多い。たとえば、長男が入学予定の学校から送られてきた書類には、GDPR(個人情報保護)への同意、学校外活動や写真掲載許可、宗教・文化的背景、アレルギー情報、緊急時対応などに関する非常に細かな確認項目が並んでいた。
興味深かったのは、学校が単なる「学習の場」ではなく、地域福祉や健康支援、さらには家庭支援のハブとして機能している点である。書類上でも、学校と自治体、医療機関、福祉機関との情報共有が前提となっており、「学校」という制度を子どもを中心に据えたコミュニティとして捉える感覚が日本より強いように感じられる。
また、学校には Breakfast Club という仕組みがあり、朝早くから子どもを預かってくれる。
単なる延長保育ではなく、「友達を作り、遊び、朝食を食べる穏やかな場」として説明されていたのも印象的だった。
生活実感という意味では、自分自身のGP登録も終わり、持病の薬の処方についても目処が立ってきた。Child Benefit の申請やCouncil Tax Reduction の申請(こちらは残念ながら通らなかった)など、大量の書類に追われながらも、制度を身体で学んでいる感覚がある。しかし本当に思う。現代人は、とにかくペーパーワークが多い。
一方で、ようやくランカスターそのものを楽しむ余裕も少しずつ出てきた。
気候が良くなり、雨が降らない日は、近所の Quay Meadow にほぼ毎日のように通っている。運河沿いの草地にレジャーシートを広げ、家で作ってきたサンドイッチやラップを食べる。
子どもたちが走り回る姿を眺めていると、「豊かさ」という言葉の意味も少し変わる気がする。墓じまいをし実家を手放したことを思う。持ち家はいらないと思いつつ、丹波に家が欲しくなる。

[Dandelion Angels]

[日本でもしたことのない凧揚げ]
地元の博物館も三つ訪れた。
Lancaster Maritime Museum は、この町が海運と交易によって発展した歴史を扱っており、大英帝国の繁栄と港湾都市の記憶を静かに物語っていた。Lancaster Castle は中世以来の城塞であり、裁判所や刑務所としても用いられてきた場所である。魔女裁判の歴史なども含め、「法」と「統治」の暗い側面を現在に伝えている。

[参加したガイドツアーもとてもよかった]
そして Judges’ Lodgings Museum では、18〜19世紀の上流階級の生活文化が保存されており、家具や銀器、子ども部屋の設えなどから、生活世界そのものの歴史を感じ取ることができた。

[メモメモ]

[Lancasterの街並みが一望できる]
少し足を伸ばして、Morecambeにも出かけた。海辺の町特有の寂しさと開放感が同居した、不思議な場所だった。干潮時には遠浅の海が果てしなく広がり、時間の流れそのものがゆっくりになるような感覚がある。

[Lancaster Stationから10分のMorecambe]
妻の父の実家があるMacclesfieldにも訪れることができた。Treacle Marketに参加したり、親戚の方々とも会ったりでき、素晴らしい時間を共有できた。
とはいえ、あとわずか十ヶ月。いや、もう九ヶ月か。
毎日を噛み締めるように生活している一方で、「この限られた時間の中で、自分は何を獲得できるのだろう」「所属組織にどのような形で還元できるのだろう」という焦りや不安も常にある。ただ、膿まずに暮らしていきたいと思う。
生活を整え、人と出会い、子どもと遊び、図書館へ行き、言葉につまずき、また少し理解する。その繰り返しのなかにしか、おそらく本当の意味での「在外研究」は存在しないのだろう。
二ヶ月が過ぎ、ようやく生活が「滞在」から「暮らし」に変わり始めている。