新入生へのひとこと

中澤 務 [専門分野] 西洋古代哲学、倫理学

文学部で学ぶ学問の多くは、哲学・歴史・文学などの古典作品と密接に結びついています。古典と聞くだけで拒絶反応を起こす人も多いことでしょう。しかし、古典を読み、過去の思想家と対話することは、自分の頭で考えるための必要不可欠の訓練です。古典を読まなければ、われわれの思索はひとりよがりになり、進歩しないでしょう。われわれは、自分の問題を自分で受け止めるためにも、古典に立ち向かわなければならないのではないでしょうか。過去の思想家たちの考えた哲学的問題は、現代にも通じる普遍性を持っています。四年間の学びの中で、自分の古典を探してください。

自己紹介

1965年に埼玉県に生まれ、関東地方で育ちました。高校生のころ、なにを思ったか北海道で暮らしてみたくなり、札幌にある北大の文学部に進みました。哲学に関心を持ったのは、高校生のころで、サルトルやカミュの実存主義や、ニーチェの影響だったと思います。その後、ギリシアの古典に関心を持つようになり、そのまま研究を続けています。北大の文学部は、札幌を北のアテネにするという理想のもとに設立されたのだそうで、哲学科が充実していて、なかなか楽しいところでした。それで、20年近く札幌で暮らしていたのですが、どういう縁か、関西大学に採用してもらい、現在に至ります。大阪で暮らし始めて十数年になりますが、大阪は個性的で住みやすいところなので、気に入っています。

 

二回生以降に展開される授業内容

西洋古代・中世哲学a b

ギリシア哲学は西洋哲学の源流であり、西洋の世界観の基礎を作りました。このギリシア哲学の強い影響下で、キリスト教の考え方の哲学的基礎を築いたのが中世哲学です。哲学に限らず、西洋文化を理解するためには、この2000年におよぶ壮大な知の営みを理解することが不可欠です。この講義では、歴史的流れをつかみやすいように注意しながら、各時代を代表する哲学者の思想を詳しく紹介し、その思想の歴史的・文化的背景や、それらが現代の我々に対して持つ意義などを考えます。

専修研究I・II

この授業では、哲学倫理学の応用的な問題を解説し、さらに知識を広げるとともに、哲学倫理学的に考える訓練をおこないます。私の担当するテーマは、倫理学の現代的諸問題で、行為と意図、人格の同一性、相対主義、徳の倫理学、応用倫理学などの諸問題を取り扱います。

哲学倫理学専修ゼミIII・IV

このゼミでは、4年次の卒業論文執筆に向けて、つぎのふたつのことをおこないます。
①2年次までの基礎的な学習を通して培われた、受講者各自の問題関心をさらに深化させ、卒業論文のテーマに発展させていく。
②卒業論文とはどのようなものであり、どのように執筆すればよいのかについて、資料の調べ方、構想の立て方、考察の仕方、文章の書き方、注の作り方などの細かいテクニックを学び、スムーズな卒論執筆をしていく準備をする。
授業では、受講者のテーマ選びと、論文執筆のための技能が段階的に進歩していくように作業を進め、最終的には、卒業論文の下敷きとなる〈プレ卒論〉を完成させます。

哲学倫理学専修ゼミV・VI

このゼミでは、専修ゼミIII・IVで培った自分の関心を発展させ、そこで訓練した論文作成のための技術を駆使して、さらに自分の研究を進め、卒業論文を作成していきます。四年間の学びの集大成となる重要な授業です。

 

専門分野の紹介

西洋古代哲学(ギリシア哲学)について

①西洋古代哲学とは?

西洋古代哲学とは、紀元前6世紀ころの古代ギリシアに登場した哲学です。古代の都市国家アテナイで栄えたあと、地中海世界全体に普及し、ローマ帝国の時代を経て、ヨーロッパの中世に至るまで、数百年にわたり栄えました。西洋古代哲学の古典的作品は、中世を経て、ヨーロッパ世界に引き継がれ、その後の西洋哲学の歴史に大きな影響を与えてきました。その意味で、西洋古代哲学は、西洋哲学全体の歴史的源流であり、また理論的な基盤であるともいえるのです。

②西洋古代哲学の特徴

古代世界では、現代のような学問の細分化は生じていませんでした。哲学も、現代のような諸学問のなかの一分野ではなく、あらゆる分野を含んだ、総合的な知的探求でした。それゆえ、そこには、自然世界の成り立ちから人間社会の倫理まで、あらゆる問題が含まれています。西洋古代哲学の特徴は、世界と人間にかかわるあらゆる問題を、総合的な視野から考察しようとするところにあるといえるでしょう。

③西洋古代哲学を代表する哲学者たち

西洋古代哲学は、自然世界の探求からはじまりましたが、その後、人間や社会への関心が高まっていきました。ソクラテス(B.C.470/469-399)は、哲学の関心を自然世界から倫理へと転換し、対話に基づく倫理的探求の基盤を作りました。その弟子のプラトン(B.C.428/427-348/347)は、ソクラテスの問題を引き継ぎつつ、世界全体の構造を説明する「イデア論」という哲学的理論を作り上げます。アリストテレス(B.C.384-322)は、その思想を批判的に継承し、独自の存在論に基づく総合的な学問体系を作り上げていきました。このようにして、西洋古代哲学は、壮大な哲学的体系として完成されていきました。

④西洋古代哲学を学ぶ意味

このような西洋古代哲学を、現代において学ぶ意味はどこにあるのでしょうか。それは、西洋古代哲学のなかには、哲学的に考えるために必要な枠組や発想の基本が多く含まれているという点にあるといえます。近代以降の西洋哲学も、西洋古代哲学を手本とし、それとの格闘のなかで、新しい思想が作られていったのです。それゆえ、西洋古代哲学の思考方法を学ぶことは、現代においても、哲学するための重要な基礎的訓練なのです。

 

その分野を知るためのおすすめの図書

西洋古代哲学の入門書

岩田靖夫著『ギリシア哲学入門』、ちくま新書

幸福は二つの次元から成立する。一つは、生きるための基本的物財の確保、言論、集会、行動その他の自由、そして、諸権利の平等の実現である。これを可能にしうる社会構造がデモクラシーであり、それは古代ギリシア人の創造に始まり、現代においても、歴史を動かしている起動力である。他は、心の安らぎであり、それは、偶然と運命に翻弄される人間が、存在の根源に帰ることにより、達せられる。現代が直面している問題を、ギリシア哲学が切り開いた視野から考える。

 

荻野弘之著『哲学の原風景―古代ギリシアの知恵とことば』、NHKライブラリー

「私自身を知りたい」紀元前五世紀のヘラクレイトスの言葉は極めて今日的である。タレス、ピタゴラス、パルメニデス、プロタゴラス…、ソクラテス以前の思想家たちは様々に「世界」や「人間」を探究していたが、そこには今日へと繋がる共通の思考態度=論理の誕生があった。彼らの残した言葉を読むことにより「哲学の始まり」の時期に立会い、「哲学とは何か」をその原風景から問いなおす書。

 

荻野弘之著『哲学の饗宴―ソクラテス・プラトン・アリストテレス』、NHKライブラリー

古代ギリシアの三大哲学者、ソクラテス・プラトン・アリストテレス。アテナイを舞台に活躍した、この三人の哲人によって、西洋哲学の基礎は築かれた。哲学とは、なにを、どのような仕方で問う学問だったのか。彼らが遺した言葉に思索の「原型」を探り、またそれを通して、人間を取り巻く諸問題を解明していく。

 

講 義 の テ ー マ と 内 容(「古 典 と 私」)

講義テーマ 古典との対話(プラトン『国家』)

講義のねらい

多くのひとは、古典作品は古臭く、現代の問題を考えるのには役に立たないものだと考えています。しかし、そうでしょうか。じっさいには、古典作品には、現代の問題を考えるためのさまざまなヒントが隠されているように思われます。
この講義では、古代ギリシア哲学の代表的な古典である、プラトンの『国家』を題材にして、現代に生きるわれわれにとって、古典作品を読むことにどのような意味があるのかを、具体的に考えていきます。

講義概要

①哲学と古典

哲学的問題を考えるときに、古典作品を読むことにどのような意味があるのかについて、まずは、歴史的な事例も踏まえて、考えてみます。

②プラトンの生きた時代

プラトンが『国家』を執筆するきっかけになったのは、ソクラテスの思想と、当時の倫理的状況です。民主主義が完成した古代ギリシア社会は、現代社会のさきがけともいえるものですが、当時も、現代と同じような倫理の崩壊現象が起きていました。ソクラテスは、そうした当時の社会において、倫理の意味を問い直そうとしました。プラトンは、そうしたソクラテスの活動を引き継ぎ、あるべき社会の姿を探求しようとしたのです。

③プラトンの『国家』

『国家』の主題は、正しい社会のありかたをめぐる「正義」の問題ですが、プラトンは、それをどのようにして探求しようとしたのでしょうか。プラトンにとって、社会の正義とは、社会の調和的な構造のなかに生まれるものであり、その構造は、人間の精神の構造に似ています。では、プラトンは、その構造をどのようなものと捉え、そこに理想的な姿を実現しようとしたのでしょうか。作品の筋を具体的にたどりながら、プラトンが、あるべき社会の姿をどこに見いだそうとしたのかを考えていきます。

④プラトンと20世紀

プラトンは、みずからの考察にもとづいて、当時の民主主義社会を批判しました。このプラトンの批判は、われわれが現代の民主主義のありかたを反省し、よりより社会を作っていくためのきっかけを与えてくれるものだといえます。

 

リレー講義の参考文献(「古 典 と 私」)

①三嶋輝夫・田中享英訳、プラトン『ソクラテスの弁明・クリトン』、講談社学術文庫
プラトンの哲学の源流であるソクラテスの思想が述べられています。

不敬神の罪に問われた法廷で死刑を恐れず所信を貫き、老友クリトンを説得して脱獄計画を思い止まらせるソクラテス。「よく生きる」ことを基底に、宗教性と哲学的懐疑、不知の自覚と知、個人と国家と国法等の普遍的問題を提起した表題二作に加え、クセノポンの『ソクラテスの弁明』も併載。各々に懇切な訳註と解題を付し、多角的な視点からソクラテスの実像に迫る。新訳を得ていま甦る古典中の古典。

 

②藤沢令夫訳、プラトン『国家』(上下)、岩波文庫
今回取り上げる作品の日本語訳です。

ソクラテスは国家の名において処刑された。それを契機としてプラトン(前427‐前347)は、師が説きつづけた正義の徳の実現には人間の魂の在り方だけではなく国家そのものを原理的に問わねばならぬと考えるに至る。この課題の追求の末に提示されるのが、本書の中心テーゼをなす哲人統治の思想に他ならなかった。プラトン対話篇中の最高峰。
ソクラテスの口を通じて語られた理想国における哲人統治の主張にひきつづき対話は更に展開する。では、その任に当る哲学者は何を学ぶべきか。この問いに対して善のイデアとそこに至る哲学的認識の在り方があの名高い「太陽」「線分」「洞窟」の比喩によって説かれ、終極のところ正義こそが人間を幸福にするのだと結論される。

 

③佐々木毅著『プラトンの呪縛』、講談社学術文庫
プラトンの政治思想の現代的意義を考察しています。

第一次世界大戦後に訪れた民主主義の危機のなかで「精神の国の王」として甦り、さらにはナチズムにも利用された西欧思想の定立者・プラトン。彼は理想国家の提唱者なのか、全体主義の擁護者なのか。プラトンをめぐる激しい論戦を通して二十世紀の哲学と政治思想の潮流を検証し、現代に警鐘を鳴らす注目作。

 

講義のテーマと内容(「現 代 と 私」)

講義テーマ 遺伝子改造の倫理学

講義のねらい

哲学倫理学は、たんに抽象的な理論的問題について考えているだけではありません。それは、現代社会で生じているさまざまな問題に、どのように取組んでいるのでしょうか。この講義では、生命倫理学と呼ばれる分野において、現在生じつつあり、また、将来大きな問題となるであろう「遺伝子改造」の問題をテーマに、哲学倫理学の現代的意義を考えていきます。

講義概要

①はじめに:哲学と現実の問題

現代は科学技術万能の時代です。どんな問題でも、科学技術が解決してくれるように見え、哲学倫理学などは必要なくなるようにも思えます。ですが、そのような見方は間違っています。なぜなら、科学技術の発達は、これまでにはなかったさまざまな新しい事態を社会に引き起こし、社会の価値観を揺るがせるからです。哲学倫理学では、こうした価値観の変化のなかで、新しい価値観の模索をしようとしています。

②20世紀の生命倫理学

これまでも、生命をめぐる技術の発達は、さまざまな倫理的問題を引き起こしてきました。哲学倫理学では、生命倫理学という新しい分野が生まれ、問題が考察されてきました。そこで、まずは、20世紀に形成されたこの分野の概要をまとめ、その問題領域と理論的枠組を確認します。

③21世紀の生命倫理学

20世紀の終りころから、生命操作をめぐる新しい問題が生じてきました。生命操作の技術は、日進月歩で発展し、人間の生命への介入も、具体的な可能性が見えてきました。
ここでは、ES細胞、iPS細胞、クローン技術などのさまざまな新しい技術を検討し、それが持つ倫理的問題を考察していきます。さらに、こうした技術の発展の先に、人間自身の改造という可能性も見えてきました。そこで、現在問題となっている「デザイナー・ベビー」の問題を取り上げ、その問題を考えます。

④遺伝子改造の欲望と優生学

デザイナー・ベビー問題の背後には、人間をより優れた存在に作り変えたいという欲望が存在しています。19世紀後半に生まれた優生学という運動は、人間の人為的改変を目的に掲げ、さまざまな社会問題を引き起こしましたが、現代ではそれが装いを新たに復活しようとしています。最後に、このような現代の状況に対して、われわれがどのように対処すべきかを考えます。

リレー講義の参考文献(「現 代 と 私」)

①小林亜津子著『はじめて学ぶ生命倫理』、ちくまプリマー新書
生命倫理の概要を知るための入門の入門。

医療が高度に発達した現在、自分の生命の決定権を持つのは、自分自身?医療者?家族?それとも法律?生命倫理学が積み重ねてきた、いのちの判断をめぐる「対話」に、あなたも参加してみませんか。

②今井道夫他編著『バイオエシックス入門』、東信堂
生命倫理学の具体的な議論を知ることができる。

バイオエシックス(生命倫理学)は、今日の医療をめぐる問題に積極的に取り組んでいる。本書は、医学・看護学などの医療系の大学等での教科書として、丹念に論じながらもけっして学術論文を志向することなく、教科書としての丁寧さ、平明さによってまとめられている。

③金森修『遺伝子改造』、勁草書房
遺伝子改造の是非をめぐる哲学的議論

ヒト遺伝子の改造は止められるのか。ねばり強い思考実験によって、現代優生思想の展開を冷静に跡づける。

 

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