ドイツ滞在の折には、ヘルダーの『旅日記』にちなみ、journal meiner reise と題して記録を残していた。今回のイギリス滞在についても、同じように何かしらのかたちで記録を残していこうと思っている。タイトルはまだ定まらないが、とりあえずは「英国滞在記」とでもしておこう。
さて、少し正直に書いてみたい。
異文化適応には「Uカーブ理論」という古典的なモデルがあるという。渡航直後の高揚期(ハネムーン期)を経て、その後にカルチャーショックによる落ち込みが訪れ、やがて回復していく、というものだ。どうやら私は、ちょうどその「谷」の時期にいるらしい。
前にも触れた住宅の問題は、やはり一筋縄ではいかなかった。ようやく契約に至った物件は、広さは十分にあるものの、細部を見ると手入れが行き届いていない箇所も多く、鍵の本数が足りない、管理会社の内部連絡が噛み合っていない、といった不備も重なった。ひとつひとつは小さなことかもしれないが、それが積み重なると、生活の立ち上げには想像以上のエネルギーを要する。とにかく物事が進まない。
それでも、水道・電気の契約を終え、本日ようやく保険の登録も完了した。最低限の生活基盤は整いつつある。ただし、Wi-Fiの開通は4月17日の予定で、それまではやや不自由な生活が続く。仮住まいとして利用していたAirbnbも2日延長することとなり、結果として約30万円の追加出費となった。
費用の面でも、現実はなかなか厳しい。
円安については十分に認識していたつもりだったが、実際に生活を始めてみると、その影響は想像以上に大きい。滞在費や旅費として約300万円の補助を受けているが、それで十分だろうという見通しは、率直に言って甘かった。特に家族での滞在となると、支出は一気に膨らむ。
たとえば、海外保険は一人あたり25万円前後、航空券はエコノミーでも一人30万円弱。ビザ取得費用が一人5万円程度、さらに大学の施設利用料(ベンチフィー)が月10万円ほどかかる。家賃は家族4人で月25万円程度(オックスフォードであればこの倍以上とも聞く)。これに加えて、敷金とデポジットで約60万円、カウンシル・タックスが月3万円強。生活費も、日本の2倍から2.5倍ほどの感覚で、外食となれば3倍近い。
こうして並べてみると、削れる部分があるようにも見えるかもしれない。しかし実際には、最低限の生活を立ち上げるだけでも、マットレスや寝具、小型の家電などが必要になる。積み重なれば、それなりの額になる。結果として、300万から500万円程度の自己負担は覚悟しておいた方がよい、というのが現時点での実感である。というか、本当に途中帰国せざるを得ないのではと思っている。
このような状況を見ると、サバティカルを取得しても国内にとどまる選択をする研究者が増えているという話にも、頷かざるを得ない。もしこれから在外研究を検討されている方がいらっしゃれば、少なくとも現在のイギリスについては、資金面に十分な余裕がある場合を除いて、慎重に判断されることをお勧めしたい。
もちろん、サバティカルそのものが大変恵まれた機会であることは、重々承知している。こうしたことを書くのは、どこか格好のつかないことのようにも感じる。しかし、研究者である前に、ひとりの生活者であることもまた事実である。
だからこそ、この記録が、これから同じ道を歩む方にとって、わずかでも参考になればと思う。
いまはまだ、Uカーブの底にいる。しかも、研究でぶち当たっている壁ではない、というのがまた心理的に辛い。
しかし、おそらくこうした辛い時期こそが、後から振り返ったときに多くのことを学んだ時間として立ち上がってくるのではないかとも感じている。
もう少しすれば、きっと景色の見え方も変わるだろう。
そういえば、私が買った大きなポンコツ掃除機を返品するために、妻がそれを抱えて歩いていると、道行く老人にこう言われたらしい。
It could have been worse. It could have been rainying.
イギリスらしいのだろうか。控え目な楽観が妙に良い。不満を言いすぎない。でもポジティブにもなりすぎない。
これを信じて、明日もまた生活を整えていこう。
(1)家の目の前のRiver Lune。美しいが洪水が怖い。いい天気だと思ったら、今日は急に雹が降った。

(2)徒歩数分のLancaster Castle。

(3)大掃除と生活準備。
