工藤教授執筆の新コラムを掲載しました。授業で頭を悩ませている文法事項が、実際の生活で使われている場面に出くわすと、より身近に感じます。ぜひご一読ください。
コラム:未来分詞
昔、「ハレ便り」と称してドイツ東部ハレの滞在記を書いていた(2009年と2018年)。高齢となった今から見ると、特に2009年は心身ともにはつらつとしていた。滞在記を読み返してみても、筆致が充実している。一度読まれたかたもおられるかもしれないが、ときおり過去のテキストを再び取り上げようと思う。まず2009年の市役所での出来事から。それに続いて、関連する未来分詞の話をしたい。
あるときハレ市役所から手紙が来た。住民登録したときに記入した生誕地に誤りがあるので出頭せよという。私は東京で生まれ、3、4年後には山形へ移り、そこで育った。事実上、山形が私のふるさとである。ところでパスポートには生誕地ではなく本籍地が書かれている。私の場合は山形だ。本籍地とは何ぞやということをドイツ人に説明するのが面倒で、パスポートを見せながら、生まれは山形だと言ってしまうことがある。ハレ市の場合がそうだった。それにしても、ハレ市役所はなぜ私の生誕地が山形でなく東京だと知っていたのだろうか。ハイデルベルクでも一度住民登録しているから、私のデータはドイツのどこへ行ってもしっかりつかまれているのだろうか。ともあれ市役所へ行った。
市役所では整理券を機械から抜き取り電光掲示板に自分の番号が表示されたら窓口へ行く。駅の切符売場もそのシステムを採用している。同じところに列をなして並んでいる必要がないのでだいぶ楽である(付記:日本ではあたりまえかもしれないが、たぶんそれ以前のドイツでの経験と比較して書いたのだと思う)。同じ窓口が20近くもあり、たまたま電光掲示板で指定された番号のところへいくと担当者は若い女性であった。男としてはうれしい気もするが、私はドイツ、日本に限らず店員に尋ねたり、スーパーのレジに並ぶときは男性を選ぶことが多い。総じて男性のほうがやさしいからである。たぶん女性が冷たいのではなく、女性だと私がかまえてしまうのでぎくしゃくするのだろう。そういうことにしておこう。
ともあれ吉と出るか凶と出るか、その目の覚めるほどきれいな女性と相対した。die Auszubildendeという名札をつけている。実習生か。未来分詞の名詞化(「訓練されるべき女性」)という高度な文法現象がこんなところでさりげなく使われている。若すぎることが幸いした。つっけんどんに相手をあしらうほど仕事に余裕がないようだ。私はあれこれ説明するのが面倒なので、「すみません、生誕地を間違えました」とだけ述べた(自分の生まれた場所を間違えるなんて!)。彼女は奥にいる職員に相談したあと戻ってきてNichts wird auf Sie einwirkenと言った。「何もあなたに影響を及ぼしません」ということだからお咎めなしか。~日までに出頭されたしなどという文書だったからびくびくしていたが、拍子抜けした。(2009年5月23日)
さて、分詞とは動詞と形容詞双方の性質を持っている語である。現在分詞や過去分詞は英語でおなじみである。形容詞の性質を持っているので、付加語的用法(赤いバラ)と述語的用法(バラは赤い)があり得る。「あり得る」と言ったのは、言語によって分詞の用法がまちまちだからである。ドイツ語では現在分詞はあまり目にしない。それは付加語的用法はある(die singende Frau 歌っている女性)が、述語的用法がないからである。*Die Frau ist singend(その女性は歌っている)という現在進行形はルター聖書にわずかに見られるが、標準ドイツ語には定着しなかった。過去分詞の付加語的用法に関しては、他動詞の場合は受動的な意味(die zerstörte Stadt 破壊された町)、自動詞の場合は能動的意味(das vergangene Jahr 過ぎ去った年=昨年)になる。述語的用法はいわゆる完了形である。Der Zug ist abgefahren(列車が発車した)は形容詞の性質を感じさせるが、Das Erdbeben hat die Stadt zerstört(地震が町を破壊した)になると、述語的用法と言えるかあやしくなる。完了形の成り立ちから言うと、副詞的用法とも言える(地震が町を破壊された状態で持っている)。
さて、ようやく未来分詞の話である。まず述語的用法であるが、sein+zu不定詞として習う。私自身は中級レベルと考え、大学1年次の授業では扱わない。不定詞なので分詞の用法とは言えないかもしれないが話を進める。sein+zu不定詞は「~されうる(受動+可能)」か「~されるべき(受動+義務)」という意味を持っている。これに意味的に対応している付加語的用法がzu+現在分詞である。ein sofort zu lösendes Problem(すぐ解決されるべき問題 =すぐ解決すべき問題)。常に受動の意味なので、未来受動分詞とも呼ばれる。
ここでようやく上記のハレ滞在記に登場した女性の話になるが、以下のような文が出発点となる:Die Frau ist auszubilden(その女性は訓練<養成>されなければならない)。これが付加語的用法になるとdie auszubildende Frau(訓練されるべき女性)となる。ここで形容詞の名詞化を思い出していただきたい。die alte Frau(年をとった女性)はdie Alteとなる。意味は変わらない。これと同じ方式でdie auszubildende Frauはdie Auszubildendeとなる。上記女性職員の名札に書かれていたのがこれである。Azubiという省略形で辞書に載っている。
何でこんなしちめんどくさい理屈を並べるんだと思うかもしれない。でも、教室で説明しているしちめんどくさい文法が寸分たがわず、さりげなく日常生活で使われているということに、私は感動すら覚えるのである。文法は受講生を苦しめるためにあるのではなく、その言葉を使っている人たちの世界へ導いてくれる扉なのである。
執筆者:工藤康弘
コラム:サッカーで決闘?
ドイツ滞在中の2009年、ドイツ女子サッカー選手のLira Bajramajに注目していた。日本の「野人」岡野に似て、超人的なスピードでコートを走り回る姿に惚れ惚れしていた。どこかで読んだ彼女の記事に、Zweikampfでけがをしたとあった。試合中、取っ組み合いのけんかにでもなったのかと思っていたが、私のサッカーの知識がなさすぎた。Duell(英語duel)と同じく、1対1の攻防のことを言うらしく、けんかをしたわけではなかった。
もう一つ、とんでもない勘違いがあった。Torschützeをゴールキーパーと思い込んでいた(ゴールキーパーはTorwart)。schützen(守る)への誤った類推である。Schützeは古いゲルマン語の造語法によってschießen(英語shoot)から作られたもので「撃つ人、射手」を意味する。星座の射手座もSchützeである。そんなわけでTorschützeはストライカー、点取り屋のような意味で使われている。それにしても辞書ではSchützeのすぐ次にschützenがあり、まぎらわしいことこのうえない。
もう少しSchützeにこだわり、語源辞典(Etymologisches Wörterbuch des Deutschen, Akademie Verlag)やグリムの辞典を見てみる。すると射手から武装した見張り役(Wächter)の意味が派生し、Flurschütz(畑や放牧地の監視員、中高ドイツ語vluorschütze)などに残っているという。ただこうなると意識としてはschützen(守る)と関連づけてしまうらしい。ということは、私がTorschützeをゴールキーパーと勘違いしたことは、あながちとんでもない間違いではないかもしれない。こんなことで意地を張ってどうする!
執筆者:工藤康弘
コラム:私の方言遍歴(1)
かつて同学社の「ラテルネ」116号(2016)に寄稿した文を、許可を得て2回に分けて再録します。
旅行はあまりしない私だが、居住地という意味ではいろいろ歩いている。大学院へ入り、ふるさと山形を離れて茨城に住んだ。茨城弁は東北弁を軽くしたようなもので、東北弁の「~だべ」がここでは「~だっぺ」となる。だがその独特な抑揚によって、地元の人の話がまったくわからず往生したこともあった。
その後千葉へ移った。利根川を越えると言葉は無色透明になり、「千葉弁」というものを感ずることはなかった。もっとも住んでいた柏市が東京のベッドタウンで、古くからの住民が少なかったせいもあるかもしれない。
方言といっても音が微妙になまっているくらいなら通じるが、語彙が違うとまったく通じない。千葉県の学習塾でアルバイトをしてこの問題にぶつかった。私の場合通じない語が3つあった。
まず①と(1)を私は「いちまる」「いちかっこ」と言っていた。中学生ならちょっと首をかしげるくらいで済むが、小学生というものは小さなことをあげつらって笑いのたねにしたがる。「先生、『お』にまるを書いたらどう言うんですか」などと聞いてくる。しまいには「おまる先生」というあだ名までつけられた。仙台と秋田の人に聞いたらそういう言い方はしないらしい。してみると山形の特徴なのか。ともあれ口から出かかるのを押さえながら、一呼吸おいて「まるいち」「かっこいち」と言う努力をした。
次に「前から順番にかけていくぞ」と言ったときも、生徒たちは怪訝な顔をした。こちらでは「かける」ではなく「あてる」とか「さす」と言うらしい。
また作業が遅い生徒に「早くおわせ!」と言ったときも、「『おわす』というのは『いらっしゃる』ということですか」と聞かれた。これも通じないのか。今では「早く終えなさい」とか「早く終わらせなさい」と何ともじれったい言い方をしなければならない。
後半はこちら
執筆者:工藤康弘
コラム:私の方言遍歴(2)
家族の間でも食い違いがある。座布団のことを私は「ざふとん」と言うが、東京出身の家内は「ざぶとん」と言う。しかしこれは方言の問題ではないかもしれない。「ざふとん」はまったく分が悪く、他に聞かないのである。親の個人的な言い回しを私が受け継いでしまったのだろうか。「ざふとん」と言う私を娘までが大仰に反応して馬鹿にする。もう一つ、家内が「おたま」と言うので何だそれはと思って見てみると「しゃくし」のことだった。
さて最初の赴任地は山口である。学生が昼食の話をしていて、「お前何にする?」と言われた相手が「わしゃあラーメンじゃ」と答えていた。わざと年寄り言葉なんか使ってと思っていたら、こちらの言葉らしい。5年いた山口から三重へ移った頃は、私自身「何言うちょるんよ」といった山口弁がしばらく抜けなかった。
三重の言葉は関西弁を水でうんと薄めたようなものである。礼を言うときは「ありがとう」とだけ言う(「と」にアクセントがある)。なんと横柄な言い方だ、ありがとうございますと言えないのか、と常々思っていた。今にして思うと大阪も似たような状況かもしれない。桑名あたりを境に北へ行くと関西色がなくなり、名古屋圏である。「たわけ」と聞いたときは何をふざけているんだと思ったが、そちらの言葉だそうだ。時代劇では「このたわけ者めが」と殿様が叫んでいるが、まさか日常生活でそんな言葉を使っているとは思わなかった。
さていよいよ関西である。学生は私の言葉をもの珍しく感じているようだ。「きれいな方言ですね」などと言われ、笑いの対象にはされていないようだ。私が関西をいちばん異質なものと感じているのと同じく、こちらの人にとって東北人はあまりにも遠い存在で、もの珍しさのほうが先に立つのかもしれない。たぶん東京的な物言いに対してはライバル心をむき出しにするだろう。あるいはどこへ行っても関西弁を堂々としゃべる精神構造からして、言葉に関して他を軽蔑するような心性は持っていないのかもしれない(学会発表を関西弁でやるか標準語でやるか悩んでいる知人がいたが、東北弁で口頭発表する勇気は私にはない)。
かくのごとく関西との距離を測りかねている私をしり目に、小学生の息子は何のためらいもなく関西化し、私から遠ざかっていく。「ほんまや」という息子に「ほんとだ」と言いなさいと叱ると「なんでやねん」と返される。「何やってんねん」「行かへん」「ちゃう(=違う)でえ」「はよう(=早く)しいや」といった言葉を連発する息子を前に、言いようのないさびしさを感ずるのである。
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執筆者:工藤康弘