お知らせ:関西大学文学部教員公募(ドイツ語母語話者)

関西大学文学部(大阪府吹田市)では、外国人研究者限定(ドイツ語母語話者)で、任期なし専任教員(教授、准教授、助教)1名を募集しています。お知り合いのドイツ語母語話者の方に情報を共有していただけますと幸いです。

研究分野は、ドイツ語学、ドイツ文化、ドイツ語教育、日独・日欧間の文化交流や言語・文化・社会比較などです。

応募書類の提出締め切りは、令和8年4月8日(水)、J-REC INを介してのWeb応募です。詳細はJ-REC IN、または日本独文学会のページをご確認ください。

コラム:未来分詞

 昔、「ハレ便り」と称してドイツ東部ハレの滞在記を書いていた(2009年と2018年)。高齢となった今から見ると、特に2009年は心身ともにはつらつとしていた。滞在記を読み返してみても、筆致が充実している。一度読まれたかたもおられるかもしれないが、ときおり過去のテキストを再び取り上げようと思う。まず2009年の市役所での出来事から。それに続いて、関連する未来分詞の話をしたい。

 あるときハレ市役所から手紙が来た。住民登録したときに記入した生誕地に誤りがあるので出頭せよという。私は東京で生まれ、3、4年後には山形へ移り、そこで育った。事実上、山形が私のふるさとである。ところでパスポートには生誕地ではなく本籍地が書かれている。私の場合は山形だ。本籍地とは何ぞやということをドイツ人に説明するのが面倒で、パスポートを見せながら、生まれは山形だと言ってしまうことがある。ハレ市の場合がそうだった。それにしても、ハレ市役所はなぜ私の生誕地が山形でなく東京だと知っていたのだろうか。ハイデルベルクでも一度住民登録しているから、私のデータはドイツのどこへ行ってもしっかりつかまれているのだろうか。ともあれ市役所へ行った。

 市役所では整理券を機械から抜き取り電光掲示板に自分の番号が表示されたら窓口へ行く。駅の切符売場もそのシステムを採用している。同じところに列をなして並んでいる必要がないのでだいぶ楽である(付記:日本ではあたりまえかもしれないが、たぶんそれ以前のドイツでの経験と比較して書いたのだと思う)。同じ窓口が20近くもあり、たまたま電光掲示板で指定された番号のところへいくと担当者は若い女性であった。男としてはうれしい気もするが、私はドイツ、日本に限らず店員に尋ねたり、スーパーのレジに並ぶときは男性を選ぶことが多い。総じて男性のほうがやさしいからである。たぶん女性が冷たいのではなく、女性だと私がかまえてしまうのでぎくしゃくするのだろう。そういうことにしておこう。

 ともあれ吉と出るか凶と出るか、その目の覚めるほどきれいな女性と相対した。die Auszubildendeという名札をつけている。実習生か。未来分詞の名詞化(「訓練されるべき女性」)という高度な文法現象がこんなところでさりげなく使われている。若すぎることが幸いした。つっけんどんに相手をあしらうほど仕事に余裕がないようだ。私はあれこれ説明するのが面倒なので、「すみません、生誕地を間違えました」とだけ述べた(自分の生まれた場所を間違えるなんて!)。彼女は奥にいる職員に相談したあと戻ってきてNichts wird auf Sie einwirkenと言った。「何もあなたに影響を及ぼしません」ということだからお咎めなしか。~日までに出頭されたしなどという文書だったからびくびくしていたが、拍子抜けした。(2009年5月23日)

 さて、分詞とは動詞と形容詞双方の性質を持っている語である。現在分詞や過去分詞は英語でおなじみである。形容詞の性質を持っているので、付加語的用法(赤いバラ)と述語的用法(バラは赤い)があり得る。「あり得る」と言ったのは、言語によって分詞の用法がまちまちだからである。ドイツ語では現在分詞はあまり目にしない。それは付加語的用法はある(die singende Frau 歌っている女性)が、述語的用法がないからである。*Die Frau ist singend(その女性は歌っている)という現在進行形はルター聖書にわずかに見られるが、標準ドイツ語には定着しなかった。過去分詞の付加語的用法に関しては、他動詞の場合は受動的な意味(die zerstörte Stadt 破壊された町)、自動詞の場合は能動的意味(das vergangene Jahr 過ぎ去った年=昨年)になる。述語的用法はいわゆる完了形である。Der Zug ist abgefahren(列車が発車した)は形容詞の性質を感じさせるが、Das Erdbeben hat die Stadt zerstört(地震が町を破壊した)になると、述語的用法と言えるかあやしくなる。完了形の成り立ちから言うと、副詞的用法とも言える(地震が町を破壊された状態で持っている)。

 さて、ようやく未来分詞の話である。まず述語的用法であるが、sein+zu不定詞として習う。私自身は中級レベルと考え、大学1年次の授業では扱わない。不定詞なので分詞の用法とは言えないかもしれないが話を進める。sein+zu不定詞は「~されうる(受動+可能)」か「~されるべき(受動+義務)」という意味を持っている。これに意味的に対応している付加語的用法がzu+現在分詞である。ein sofort zu lösendes Problem(すぐ解決されるべき問題 =すぐ解決すべき問題)。常に受動の意味なので、未来受動分詞とも呼ばれる。

 ここでようやく上記のハレ滞在記に登場した女性の話になるが、以下のような文が出発点となる:Die Frau ist auszubilden(その女性は訓練<養成>されなければならない)。これが付加語的用法になるとdie auszubildende Frau(訓練されるべき女性)となる。ここで形容詞の名詞化を思い出していただきたい。die alte Frau(年をとった女性)はdie Alteとなる。意味は変わらない。これと同じ方式でdie auszubildende Frauはdie Auszubildendeとなる。上記女性職員の名札に書かれていたのがこれである。Azubiという省略形で辞書に載っている。 

 何でこんなしちめんどくさい理屈を並べるんだと思うかもしれない。でも、教室で説明しているしちめんどくさい文法が寸分たがわず、さりげなく日常生活で使われているということに、私は感動すら覚えるのである。文法は受講生を苦しめるためにあるのではなく、その言葉を使っている人たちの世界へ導いてくれる扉なのである。

執筆者:工藤康弘