ドイツ語を学んでいる学生のみなさんの中には、ドイツ語の学習を苦行と感じている人がいるかもしれない。何でこんなに難しいんだ、対して教員は何でも知っているみたいで、その圧倒的な力の差に、自分とは違う人間なんだろうと思うかもしれない。しかし学生と教員の間に量的な差はあれ、質的な差はない。同じ人間である。このことを、私がドイツ語学習で歩んできた道のりをたどることで示したい。
ドイツ語を学ぼうと思ったきっかけは何ですかとよく聞かれる。それに対しては何の美談もない。ドイツ文学やドイツサッカーに魅せられたということもなく、消去法の末にドイツ語が残ったようなものである。大学で何を学ぶかに関して、高校時代の私は純粋、言い換えれば能天気だったかもしれない。まわりでは法学部や経済学部を目指す人も多かった。彼らは将来を見つめ、就職に有利な学部を迷うことなく選んでいたのだと思う。私はといえば、大学では好きなことを学ぶ、くらいの意識しかなかった。
英語は得意科目だったが、未知の言語を知りたいという気持ちが勝っていた。NHKの語学講座はよく見ていたが、お目当ては歌のほうだった。ドイツ語講座の歌には正直共感を覚えず、フランス語講座のシャンソンとロシア語講座のロシア民謡を楽しみにしていた。言語に関しては(未知の)ヨーロッパ言語への憧れがあった。歌はともかく、英語になんとなく似ていて、ローマ字読みに近いドイツ語に多少魅かれていたのは確かである。高校の担任が独文出身の英語教師だったことも、多少影響したかもしれない。
以下いくつかに分けて、私が学部生および大学院生時代に行った勉強方法を述べていきたい。
【語彙力】
①単語カードの活用
1年次に過去時制を習った時点で、教科書の後ろにある不規則動詞変化表を見ながら、不定詞を単語カードのおもてに書き、うらに過去基本形と過去分詞を書き込んだ。当時自炊をしていたので、冷蔵庫の上に単語カードを置き(最近の冷蔵庫は背が高いから上に置けないか)、食事を作りながらgeben-gab-gegeben、helfen-half-geholfenと大きな声で唱えていた。一巡したらまた初めに戻る。2~3ヶ月したら動詞の3基本形はすべて覚えてしまった。過去分詞を知っていると、完了形や受動態の文を簡単に作れるようになる。こういう勉強は「ながら勉強」でないと続かない。私はまな板で野菜を切りながら覚えた。机に向かって「さあ、単語を覚えるぞ」と頑張ってみても眠くなるだけである。なお、カードの利用は作文力をつけるのにも有効で、これについては後述する。
②市販の単語集の利用
『ドイツ語単語1000』といった名前の薄い単語集を買ってきて、ページの右の部分を隠し、左のドイツ語を見て意味がわかるかを試す。わからなければ右の日本語を見て確認する。わかった場合は、そのドイツ語と日本語を黒サインペンで塗りつぶす。最後までいったら初めに戻る。何度も循環するうちに、塗りつぶした部分が増えていき、最後にすべてが黒くなったことを確認して、その単語集を捨てた。昔の人は辞書を1ページずつ覚えていき、覚えたページは破って食べたという伝説をよく聞いたが、私はそれほど頑健な胃袋を持ち合わせていないので、それはできなかった。単語集を使った勉強は家の縁側にすわって行った。30分もやっていたら嫌になってしまうので、せいぜい10分くらいで切り上げていた。続けることが大事である。
ところで、こうやって勉強していることを当時の独文の先生に話すと、それは邪道だと言う。ドイツ語の語彙なんか、文学作品を数多く読んでいれば自然に覚えるものだと。しかし別の先生は、文学作品には日常生活で使わないような語彙が多く、語彙を覚えるには効率が悪いと言う。邪道かもしれないが、頻度の高い語彙を集めた単語集を使って、泥臭く覚えたのはよかったと思っている。
【作文力(表現力)】
①単語カードの利用
動詞の3基本形を覚えたあと、同じように単語カードを利用して作文力を磨いた。市販の独作文の本を買ってくる。問題文を解いて答え合わせをするという方法はとらず、最初から単語カードのおもてに問題文を書き、うらに解答を書き写す。あとは先に述べたように冷蔵庫の上に置き、日本語を見てドイツ語で言えるかを試す。同じ文を数回声に出して唱え、次の文に移る。最後までいったらまた初めに戻り、何度も循環させる。本を買うとき、中身を見てできるだけやさしい文を扱ったものを選ぶ。日常生活でも使ってみたいと思うようなやさしい文がいい。たとえば「私は昨日映画館へ行きました」、「日曜日に家族と動物園に行きます」といった簡単な文である。
動詞の3基本形に始まり、簡単な文を書き込んだ単語カードは、大学を卒業するころには箱一杯になったので、卒業時に後輩たちへの置き土産にした。その後、大学院に入ってからも作文の作業は続き、その頃のカードはまた箱一杯になって、今研究室にある。
② その他
ほんの一時期であるが、学部の3年生ごろ、毎週決まった曜日の決まった時間に、ドイツ人の研究室を訪れ、ドイツ語で自由作文したものを添削してもらっていた。エッセーのように日常生活の出来事を書いていた。
関口存男『新ドイツ語文法教程』(三省堂)(現在品切)を使って作文の問題を解いて答え合わせをしていたノートが残っている。関口は戦前から戦後にかけて活躍した人で、日本語も古いので、労多くして益は少ないかも。この人の本だったと思うのだが、「ヤミ米は食べましたか」「MP(進駐軍の憲兵)が……」といった文もあったような。
大学院時代から大学で教え始めたころまで、オーストリア人の友人とかなり文通をし、当時の往復書簡がたくさん残っている。いわば自由作文であり、解答もないが、ドイツ語を書く鍛練にはなったと思う。
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執筆者:工藤康弘