コラム「二日酔い」で民間語源に触れた。いわゆる勘違いや言い間違いによって言葉が変わる、あるいは解釈が変わる現象は数多くあり、その話題だけで90分の授業になるだろう。ドイツ語でよく取り上げられるのは、ノアの箱舟で有名なSintflut(大洪水)である。Sintのtはわたり音として意味もなくくっついてきた音で(jemand, niemand, Axt, Obst, Palast, Dutzentなども参照)、sinは「絶え間ない」「強大な」といった意味を持つ接頭辞であった。したがって文字どおり「大洪水」なのであるが、sint-となった時点で、Sünde(罪)への類推が働いた。人類が犯した罪に対して神が起こした洪水と解釈され、近代に至るまでSündflutとも表記されていた。
さて、庶民が勝手に語源を解釈する民間語源は、言語変化を引き起こす場合もあれば、単に人々の意識の中に潜在的にとどまる場合もある。ドイツでなじみのスーパーマーケットにSPARがある。オランダ発祥で、かつては日本にも展開していたことがある。ロゴマークには緑色の木が描かれている。オランダ語でsparはモミの木、トウヒを意味する。一方、sparenという動詞がドイツ語にもオランダ語にもあり、「節約する」「蓄える」を意味する。ドイツで、ある人にスーパーSPARの名前がどこから来たと思うかと尋ねると、「ここで買い物をすると、お金の節約になるのだろう」という答が返ってきた。やっぱりね。ドイツ人にとってはsparenへの類推が働いてしまう。
もう一つまぎらわしいものにピザハット(Pizza Hut)がある。hutは小屋、山小屋だが、あのロゴマークは小屋というよりは帽子に見える。そして日本語ではhutもhatも同じ「ハット」になってしまう。というわけで、日本人の多くがピザハットを小屋よりは帽子と結びつけてもおかしくない。他方、ドイツ語でHutは帽子である。尋ねたことはないが、これだけ条件がそろえば、ドイツ人はPizza-Hutを帽子と結びつけているのではないだろうか。ちなみにドイツ語で小屋はHütteである。これがフランス語hutteを経て英語hutに受け継がれたようだ。
執筆:工藤康弘