私たちの体は,細胞やタンパク質などさまざまな分子が自発的に集合して形成されています。これらには,必ず「界面」が存在しています。生体の界面を形成する分子はどうなっているのか?どのような相互作用で形成されるか?このような生体界面の化学構造や相互作用を組み込んだ界面を制御した新しい高分子を設計・合成して,生体に優しい,環境に優しい高分子材料の創出に取り組んでいます。研究室では以下のプロジェクトを進めています。


Project 水溶性乳化剤によるソフトナノマテリアル創製

一般的な界面活性剤は,親水性基と疎水性基を併せ持つ構造をしています。そのため,一般的な界面活性剤は水の中でミセルを形成します。私たちは,ポリエチレングリコール(PEG)が水だけでなくさまざまな有機溶媒に溶解すること,また水とクロロホルムの2相系ではクロロホルムに分配することに着目しました。水や低級アルコールにしか溶解しない双性イオンポリマーと水だけでなくさまざまな有機溶媒に溶解するポリエチレングリコールとのブロック共重合体が,水とクロロホルムの界面を安定化させて,エマルションを形成することを見出しました。

水溶性乳化剤を用いた刺激応答性ナノカプセルの調製

水溶性乳化剤を用いて調製したエマルションの界面での反応を利用して,細胞内の還元環境で分解するナノカプセルの合成に取り組んでいます。これができると,細胞毒性が非常に低い核酸デリバリーキャリアとなることが期待され,mRNAやmiRNAをワクチンや医薬としての応用に大きく貢献できます。

Langmuir 201935 (5), 1413-1420.

水溶性乳化剤を用いた刺激応答性ミクロゲルの調製

水溶性乳化剤を用いて調製したエマルション液滴の内部をナノ反応場として,これを用いてミクロゲルを調製することができます。このミクロゲルは水溶性乳化剤をシェルとしたコア−シェル構造をつくることもできますし,細胞内環境を認識して分解するミクロゲルも創ることができます。これまでに,温度に応答するシェルを有する温度応答性コア−シェルミクロゲルの調製に成功しています。これらのミクロゲルは診断材料やドラッグデリバリーシステムへの展開が期待できます。

Polymer Chemistry 202213 (23), 3489-3497.


Project スマート高分子集合体・微粒子

UCST型ゾル−ゲル相転移ポリマー

Poly(N-isopropylacrylamide)(PNIPAAm)に代表される,低温で水に溶解して,高温で水に不溶となる下限臨界溶液温度(LCST)型の温度応答性高分子は,非常に精力的に研究されています。一方,高温で水に溶解して,低温で水に不溶となる上限臨界溶液温度(UCST)型の温度応答性ポリマーは報告が少ないです。我々は,硫酸塩とアンモニウム塩とを併せ持つ双性イオンポリマーPolysulfabetaine(PSaB)が生理的イオン強度環境下においてもUCST型の温度応答性を示すことに着目して,PSaBとポリエチレングリコールからなるトリブロックコポリマーを合成して,UCST型のゾル−ゲル相転移を発現させることに成功しました。これは,再生医療に向けた細胞培養基材や高温放出型のスマート薬物放出キャリアとして有用です。

Gels 202410, 288.

乳化重合で合成する刺激応答性ミクロゲル

乳化重合は,非常に簡単にナノからサブミクロンサイズの高分子微粒子やミクロゲルを合成することができます。特に,自由にモノマーや架橋剤を組変えることができるため,さまざまなスマート微粒子を創り出すことができます。われわれは,pHに応答するモノマーと還元環境で切断される架橋剤を導入した弱酸性/還元環境の二重刺激を認識して膨潤するミクロゲルの合成に成功しています。また,このミクロゲルをベースとして,miRNAを細胞内にデリバリーするためのmiRNAデリバリーキャリアの創出にも取り組んでいます。miRNA医薬を実現するための重要なキャリアとなることが期待でき,大阪医科薬科大学との共同研究を進めています。

Langmuir202137 (39), 11484-11492.


Project 双性イオン型ポリエステル

1ユニット内に正電荷と負電荷を併せ持つ双性イオンポリマーは,高い生体適合性やアンチファウリング,撥油性,潤滑性などさまざまな特徴を有しています。現在は,バイオマテリアルへの応用に注力されていますが,エレクトロニクスや低環境負荷材料への展開も期待できます。リサイクルの観点で考えると,一般的な双性イオンポリマーは(メタ)アクリレートポリマーであるために,モノマーへの分解が困難でありケミカルリサイクル性に優れていません。そこで,われわれは,ポリエステルタイプの双性イオンポリマーを合成しました。この双性イオン型ポリエステルは,高い撥油性を示し,モノマーまで分解可能なことを見出しています。現在は,環境負荷の低い防汚性プラスチックへの展開や,遺伝子デリバリーシステムへの応用を目指して研究を進めいています。

特開2023-152394