私たちの研究室では有用な形質を有する微生物の探索から、見つかった有用形質の分子メカニズムの解明や応用利用まで幅広く研究を行っています。また、微生物の集合体である菌叢の機能解明や機能制御を目指す合成生態学に関する研究も行っています。

① 有用微生物の探索

地球上には多様な機能を備えた微生物が生息しています。さまざまな研究から、地球上の微生物の総数は1030オーダーであると見積もられており、私たちの身のまわりにも多くの微生物が生息しています。例えば、私たちの身近にある肥沃な土壌1グラムには109オーダーの微生物がいます。しかしながらそのほとんどは未だ培養されておらず未開拓です。その中には、環境汚染物質を分解する微生物、産業的に利用価値のある物質を生産する微生物などお宝微生物がたくさん存在しており、環境サンプルは”宝の山”です。私たちの研究室では環境浄化や有用物質生産を目的に様々な宝の山からお宝微生物を発掘しています。

海洋から分離した環境汚染物質を  分解する新種細菌の電子顕微鏡写真
海洋から分離した環境汚染物質を
分解する新種細菌の電子顕微鏡写真

② 有用形質の分子メカニズムの解明

発掘したお宝微生物の有用形質がどのような遺伝子や酵素、代謝経路の働きによって発揮されるのでしょうか?また、代謝経路や酵素の活性がどのように制御されているのでしょうか?わたしたちは環境から分離したお宝微生物のゲノム解析やトランスクリプトーム解析などのバイオインフォマティクス解析により分子生物学的情報を解読し、遺伝子工学的手法、酵素工学的手法や生化学的手法を用いて有用形質の分子メカニズムの解明を目指しています。

当研究室で解析した芳香族ニトロ化合物分解菌のゲノム構造
当研究室で解析した芳香族ニトロ化合物分解菌の
ゲノム構造

③ 有用形質の強化や新規機能の創出

お宝微生物の持つ有用形質の分子メカニズムが明らかになれば、遺伝子工学的な手法を用いて代謝を改変・増強することで、これまで分解できなかった環境汚染物質を分解する微生物を育種したり、高付加価値な化合物を生産する微生物を育種したりすることが可能になります。

(1)メチル化化合物生産

代謝工学はシャーシとなる微生物が持つ遺伝子を削除したり、他の(微)生物が有する有用酵素遺伝子を足したりすることで、有用微生物の代謝経路を自在に改変する技術体系です。もし、微生物が生産する化合物に様々な官能基を付加し修飾することができれば、微生物が生産する化合物のバラエティをさらに拡充することができます。メチル化は修飾反応の一例で、化合物の生体内での吸収性を向上させたり、新規な機能を付与したりすることができます。生体内でメチル化反応を行うにはメチル基供与体としてS-アデノシルメチオニン(SAM)という化合物が必要ですが、生体内でのSAMの濃度は非常に低く、メチル化化合物を大量に生産することはできません。そこで、私たちの研究室ではSAMが脱メチル化したSAHより再びSAMを合成する代謝経路を微生物に導入し、メチル化化合物を大量に生産する技術の開発を行っています。

(2)代謝物センサー搭載微生物の開発

代謝工学を活用した微生物による物質生産を行うには、微生物に生産したい化合物を作らすための代謝経路遺伝子を導入することはもちろんですが、遺伝子発現の最適化が必要です。微生物は生き物ですので、自身が生育するために様々な化合物を生産します。従って、微生物に必要な化合物は最小限に作ってもらいつつ、私たちが作って欲しい化合物を最大限に作ってもらえるよう、各酵素遺伝子の発現量を最適化する必要があります。この育種過程では沢山の微生物株を創ることになりますが、各育種株が目的の化合物をどの程度作っているかを確認するためには、煩雑な分析操作が必要で大変時間がかかります。そこで、微生物自身に代謝物濃度を感知するセンサーの仕組みを導入し、目的の化合物を作れば作るほど早く生育するような微生物を育種します。これにより微生物の増殖速度から間接的に目的化合物の生産量を知ることができます。分析操作の手間をカットすることで、迅速な微生物育種が可能になると期待できます。

④ 有用微生物の遺伝子改変技術の開発

高次機能を有する微生物を育種するには遺伝子操作技術が必須です。私たちの研究室ではモデル微生物である大腸菌だけではなく、乳酸菌(岡野 (2019) 日本乳酸菌学会誌 30(1):8)や土壌細菌など様々な微生物における遺伝子操作技術の開発を行っています。特にゲノム編集技術は微生物の迅速な遺伝子改変に重要な技術となります。しかしながら、最も汎用的なゲノム編集酵素であるStreptococcus pyogenes由来のCas9ヌクレアーゼ(SpCas9)は様々な宿主において毒性を示すことや、遺伝子サイズが大きく形質転換効率が低い微生物に遺伝子を導入することが困難であることが問題となっています。従って、近年続々と発見されている小型のCasヌクレアーゼを活用し、多様な宿主へのゲノム編集技術の適用を目指しています。さらに究極的には宿主・ベクター系を必要としないゲノム編集技術を開発し、ありとあらゆる微生物においてゲノム編集を実現することを目指しています。

⑤ 合成生態学研究

自然界では微生物は単独では存在せず、他の微生物と相互作用しあいながら菌叢と呼ばれる生態系を構築しています。例えば私たちの腸内には1,000種、100兆もの微生物が存在しています。近年の研究により、腸内の微生物バランスが乱れることで、多様な疾患が引き起こされることがわかってきています。しかしながら、どの微生物がどの疾患の発症や抑制に関わっているかを実験的に調べることは容易ではありません。そこで、私たちは「バクテリオファージ」という特定の微生物のみに感染し死滅させるウイルスを利用して、菌叢の中から疾患への関連が疑われる微生物のみを死滅させる技術を開発しています。これにより疾患が発症あるいは回復するようであれば、着目する微生物の疾患への関与を明らかにできるばかりか、菌叢治療のための重要な知見を得ることができます。ここで鍵となるのが、狙った微生物を死滅させるバクテリオファージが入手できるかどうかということですが、自然界からファージを単離するのは大変な労力が必要です。そこで、私たちは人工的にファージを合成する技術の開発も行っています(詳しくは下記動画をご覧ください)。

https://www.sensei-ch.rd.kansai-u.ac.jp/movies/1047/

なお、本研究は次世代の科学技術イノベーションの源泉となるような研究開発を支援するJST・創発的研究支援事業の課題として採択されており、注目度の高い研究となっています。