研究進行のサイクル

研究の流れについてです。「こういうのをやってみよう」と決めてから合成をして物性測定するのが基本的な流れです。しかし、物性を見て「おめでとう。お疲れぃ。」で終了するのではなく、どのようにすればもっと良い値が得られるか、どの部分が物性に起因しているのかをきちんと考察します。つまり、再び戦略決めに戻ります。このサイクルを回せば回す程良いものができます。先人達が回してきたサイクルを更に回していきます。では、サイクルの中身を個別に見ていきます。

▶︎戦略について

ここが最も大切です。「実験に失敗はつきものだ」と言われますし、たった1つの成功の裏にいくつもの失敗があるのは事実です。しかし、誰も勝ち目のない戦はしません。しっかりと考察して試したけど上手くいかなかった。これはこれで1つの成果で次に繋がるものです。一方、特に何も考えず勘やノリで行って上手くいかなかったことに何の価値もありません。同じ失敗でも全く違うのです。失敗したにしても意味のあるものにするには、事前に十分考え抜いていることが必要です。そのために反応経路や研究背景、類似実験などを可能な限り頭に入れておかなければなりません。ここで図らずともその人がどれだけ学に勤しんできたかが明らかになってしまいます。配属されてからでも十分に間に合うので頑張って勉強して欲しいです。している程上手くいく可能性は上がりますし後の流れもより実りのあるものになっていきます。

▶︎合成について

私達の扱っている分子や反応に使う試薬は酸素や水に対して弱いものが多いので、分子を壊さないよう窒素をフローしながら慎重に行います。よく用いる反応としては不飽和炭素同士の結合を形成する「カップリング反応」です。芳香環同士を繋ぎ合わせていきます。混ぜるだけと言えばそうですが、反応が進んでいない、変な方向に行っている、期待通りの収率が出ない、基質が残っている、結果が安定しないなど、そんな単純に上手く行くものでもないので、反応温度や試薬の当量などの条件や合成ルートを変えたり色々試行錯誤をして行います。有機合成をやる中では必ずぶち当たる問題がたくさんありますし、それを克服するためのアイデアを色々な知恵を出し合い結び付けながら考えるのも他の合成屋と同じです。非常に根気のいる作業で時間もかかるので配属されたばかりの卒研生には難しいかもしれませんが(院生でもしんどいんですから)、毎日頑張っていれば徐々に上達していきますし、知識が結び付いてアイデアが浮かんでくるようになります。そして、目的化合物が合成出来た時の嬉しさは格別です。精製は半導体分子に関しては、扱うためには純度が相当高くないといけないので、カラムクロマトグラフィー止まりではなく昇華まで行います。

▶︎解析について

半導体材料に関しては、阪急千里線北千里駅から徒歩約20分の所にある大阪大学吹田キャンパス内の産業科学研究所(産研)に行きます。そこでは自分達で合成した分子の物性を測定します。物性とは熱耐性、移動度、閾値電圧などで産研にある装置を使います。また、単結晶を作ったり塗布をしたり蒸着をしたりしてデバイスを作製します。合成に比べて機械的な工作的要素が多いです。こちらにも合成同様に、デバイスに使えるような綺麗な膜がなかなかできないという問題がついてきます。試行錯誤を繰り返し最終的に自身の経験と感覚で、温度、溶媒の種類、濃度において最適な条件を見つけることになるのですが、このプロセスは相当大変です。なんせいじるものが複数ある上に、手先の器用さというのもあります。適か不適か1つ結論をつけるだけで一苦労です。合成以外にもう1つの柱となるテーマがあるというのは有機合成系の研究室ではとても珍しいと思います。
有機磁性体材料に関しては、スペクトル吸収やCV(Cyclic Voltammetry)などを測定します。こちらも外部に出ることがあります。
測定などの解析作業が終わったら、数値などを先行研究や過去の実験の結果などと見比べて、何がどの性質に寄与しているのかなどを吟味します。良かったと思われる点はしっかりと理由まで突き止めます。良い結果が得られなかった時は、成功か失敗かで言うなら失敗なのかもしれませんが、このようにやると宜しくないという立派な発見をしたことになるので、一概に失敗とは言えません。(落ち込むかもしれませんがその必要はないですし、誰も責めたりなんてしません。〈参考〉Thomas Edison : 「私は失敗したことがない。ただ、1万通りの上手くいかない方法を見つけただけだ。」)これらの知見から新しく分子設計に乗り出し、少しずつ課題を克服していくというサイクルを続けることになります。