クロモトロピズム(Chromotropism)」という言葉を一度でも耳にしたことはありますか?これは単一の化学種が何らかの外部刺激によって光物性(色彩・色調、蛍光強度、透過率、屈折率・反射率)可逆的に変化する現象のことを言います。厳密には、何らかの作用により色の異なる二つの異性体を可逆的に生成する現象です。この「何らかの」に当てはまる刺激の種類によって細かく分類されます。刺激の種類を限定する時は「〇〇クロモトロピズム」ではなく、大抵「〇〇クロミズム(Chromism)」と表され、クロミズムを示す材料を「クロミック材料」と呼びます。クロミズムの例としては、熱による「サーモクロミズム」、電気(電子の授受)による「エレクトロクロミズム」、光による「フォトクロミズム」、圧力による「ピエゾクロミズム」、溶媒による「ソルバトクロミズム」などがあります。最近では、力学(機械)的外部応力を刺激とした「メカノクロミズム」が力のセンシングに利用でき、「力の可視化」という点で生体組織中の圧力分布、建造物の歪みや劣化の可視などに応用できるとして話題を集めています。クロミズムとは、ある分子「A」にある種の刺激を与えて異性体の「A’」に変化させます。そして、この「A’」に同類の刺激を加えることで「A」に戻します。これら「A」と「A’」は吸収波長が違うため発色も違います(吸収した波長の色の12色相環の正反対に位置する補色を発します)。「A」と「A’」を交互に繰り返すことで、スイッチの「ON」、「OFF」を実現させることができます。共役系を増やすことにより(HOMO-LUMOギャップが狭くなるため)吸収波長は長波長側にシフトしていくので、この性質を利用して望む色を発色したり、可視光を通り過ぎて近赤外光まで吸収できる分子を研究しています。当研究室では『近赤外吸収材料』の頁で紹介したラジカル化合物を用いたエレクトロクロミック材料とフォトクロミック材料を主に研究しています。私達が扱っている有機ラジカルは開殻種と定義され、閉殻種と電子遷移の過程が違います。閉殻種の酸化還元反応は電子をHOMOから奪う、LUMOに与える過程ですが、ラジカル(開殻種)の場合はSOMOでの電子の授受になるため、閉殻種に比べてエネルギーギャップが小さいため酸化還元反応が起こりやすくなります。またラジカルは一電子酸化還元反応の場合に生成するのはカチオンとアニオンであり、閉殻種から生成するラジカルカチオン、ラジカルアニオンに比べ安定性が高いため、一電子酸化還元反応過程の可逆性が高いこともラジカルの優れている所と言えます。最終的には近赤外領域でのクロミズムを実現したいと思っています。

開殻種と閉殻種の酸化還元過程の違い

では、簡単にエレクトロクロミズムとフォトクロミズムを中心にクロミック材料の一般的な研究について紹介します。

クロミズムの原理

電磁波の吸収波長域と12色相環

▶︎何故“無機”材料ではなく“有機”なのか

有機化合物は耐久性では無機化合物に劣るものの、分子設計の多様さから多くの色を再現でき、微調整もしやすいです。無機化合物だと発色する色はその化合物それぞれに対してある程度限定されてしまいます。表示式としての使用が見込まれているので、色の多様性というところから有機化合物が多く研究されており、無機化合物に負けない耐久性の獲得が課題になっています。

▶︎エレクトロクロミズム

「エレクトロクロミズム(Electrochromism)」は電気エネルギーによるものですが、具体的には電気化学的酸化還元反応による光学特性の可逆的変化のことを指します。つまり、酸化還元反応による電子の授受によって色や蛍光などを可逆的に変化させる現象です。電荷を持つと発色するものが多く、中性物質⇆ラジカル⇆イオン間の変化を酸化剤・還元剤を用いてコントロールします。この性質を示す材料は「エレクトロクロミック材料」と呼ばれており、最新型の航空機ボーイング787の窓ガラスに採用されたりしています。これは「スマートガラス」や「スマートウィンドウ」という名前で呼ばれていますが、ガラス板の内側の空間でゲル状にしたエレクトロクロミック材料を透明電極で挟み、スイッチを押すことで電流が流れ遮光性の青色と黒色に変化するというものです。もちろんスイッチ1つで元の透明色に戻ります。この水準を目指すためには無限回・無劣化のスイッチングが求められるので、CV(Cyclic Voltammetry)測定に一喜一憂といったところです。エレクトロクロミック材料は、前に述べた減光フィルターとしてだけではなく、通電を止めたとしてもその状態を保持できる性質があるのでこれは省エネルギーに繋がります。この「メモリー性」を活かして、例えば電子ペーパーやディスプレイ材料などにこれまでとは違う形での応用が期待されています。

EC素子構造・メカニズム

エレクトロクロミズムの異性化

エレクトロクロミックディスプレイの例

参考までに、酸化還元反応によるエレクトロフルオロクロミック材料(蛍光を発する物)のスイッチングの様子です。※辺りを暗くして横からUV光を当てています。

引用源:
Photo- and Redox-active Benzofuran-appended Triphenylamine and Near-infrared Absorption of Its Radical Cation
M.Yano et al., Chem. Lett. 2020, 49, 6, 685-688
https://doi.org/10.1246/cl.200161

〈動画が再生できない、見るのが面倒な場合用のダイジェスト〉

▶︎フォトクロミズム

「フォトクロミズム(Photochromism)」はある波長の光照射によって分子の構造が可逆的に変化する現象です。ある分子Pにある波長の光λを照射すると分子は励起状態を経てPとは異なる波長の光λを吸収する異性体P’に変化します。この分子P’は波長λ’の光の吸収もしくは熱によってPへと変化します。P⇄P’間の変換が光照射によってのみ起こるものをP型、一方が光以外(特に熱)のものでも起こるものをT型と区別しています。分野の研究の流れとしては、当初は光照射して異性化しても室温で熱を感じて元に戻ってしまう材料が多かったので、更なる応用のために熱に強く(安定で)光でしか異性化しない分子が次々と開発されていったという流れです。現在はλが紫外光(UV)、λ’が可視光(Vis.)のものが多いです。主に感光体として応用が期待されており、例として、調光ガラス(紫外線で元々可視光領域での吸収がない分子を紫外線を照射させることで透明な分子構造から可視光を吸収する分子構造に変化(し灰色や茶色に着色)するフォトクロミック材料を、メガネのレンズやガラスなどに塗布したり練り込ませておき、屋外に出て紫外線に当たると着色して眩しさから目を守り、室内など紫外線が届かない所では元の(透明)色に戻るもの)や書き換え可能型光メモリー(CD-ROMやDVDに使用)といった用途があります。

フォトクロミズムの異性化

フォトクロミズムの例